2017年07月26日

東京民藝協会第35回定期総会

 第35回定期総会を7月8日(土)午後に行った。会場は東大駒場キャンパス内 ファカルテイハウス2階「橄欖(かんらん)」、定員が30人くらいとのことでやや心配だったが、参加者は幸か不幸か28人であった。
 議事は例年のように前第34期(平成28年度)活動報告及び決算報告、本年 第35期(平成29年度)予算案の承認などである。大変申し訳ないことだが、決算書に間違いがあって、作り直して際配布することになった。加藤みどりさんに作っていただいたものを私藤田がパソコンで打ち出したのだが、ここで間違いがおきていた。直したものを、8月初めの紙の「東京民藝協会たより」と一緒に発送します。
 収支の概要だが、収入が会費、例会費などで約150万円、支出が本部納付金、事務費、通信費、例会費、印刷費などで約150万円でほぼ釣り合っている。「東京民藝協会たより」と「決算書」の印刷費をすべてコピーに切り替えて約20万円を削減したが、これでも黒字にはならない。年に10回ばかり行っている夜の例会を止めれば黒字になるのではあるが、これくらいは継続しないと協会として何をやっているかわからないことになる。-----ということで、会費8000円の値下げは難しい。また、総会時の会費補助であるが、これがだいたい4、5万円かかっている。これを止めれば500円くらいの値下げはやれないことはないだろうが、どんなものだろうか。
 会員数は大体90人である。毎年若い方が数人入って下さるが、老齢などで退会する人のほうが多い。ほとんどの地方協会も同じような状態(ごく一部の例外はあるが)で、日本民藝協会の会員数は2000人をとっくに割り込んで現在1650人である。しかもそのうち雑誌「民藝」の購読者は全購読者中1/3であり、これが財政逼迫の大きな原因になっている。東京協会の購読者数も同様なので、会員の皆さまには格別のご配慮をお願いしたいところである。
 さて、かくいう私は老齢になり世話役も務め難くなっている。押し付けるわけにもいかず、放り出すわけにもいかず、困っている。------とヘンな報告になってしまいました。
(藤田)

posted by 東京民藝協会 at 00:51| Comment(0) | お知らせ

2017年07月20日

もう一度稲垣さんの関係でお知らせ

千葉鴨川でコヅカ・アートフェスティバル 7/22〜30

tmk170720_01.jpg

tmk170720_02.jpg

千葉県鴨川市金束(こづか)にあるアート・ガーデン・コヅカを主会場に、近隣のカフェやオープン・アトリエを加えて、「アート」なるものの展示や実習(ワークショップ)などを行うお祭りがあるそうです。
先日ご紹介した稲垣尚友さんは、特別ゲストとして、これまでの作品、書籍の展示、お話をやるそうです。
詳しくは、ウェブ上の「コヅカ・アートフェスティバル 2017」をご覧ください。
posted by 東京民藝協会 at 03:08| Comment(0) | お知らせ

2017年07月13日

3月、4月、6月例会報告にかえて 稲垣尚友さんにいろいろ聞く@AB

 3回にわたって、稲垣尚友さんにお話を伺った。私はずっと昔から存じあげていたのだが、どうも畏れ多いという感じで、例会の講師にお願いすることができなかった。
 稲垣さんは竹細工が本業である。尊敬する廣島一夫さん(ブログの去年11月9日にその本の紹介をした)の展覧会が文京区のギャラリーで行われた時にそこでお話をなさった。それを志賀杏子さんが聞いたそうで、志賀さんから稲垣さんに頼んでみてはどうかという話があって、ではということで恐る恐るお頼みした次第。もちろん心安く引き受けて下さったのだが。
 第1回目が「トカラ列島のくらし」、2回目「竹と篭、笊、その製作者たち周辺の民俗」、3回目「竹細工の修行のこと、仕事のこと、製品のこと」という題目にしていただいた。しかし、ご興味が多方向に拡がっているうえにそれぞれに関して知識が豊富過ぎるので、一つの話題から脇道にそれてなかなか戻ってこない。それでまとまったお話というわけにはいかなかった。私もここでまとまった報告を書くことができない。-----といって苦情を申しあげているのではありません。

tmk170713_02.jpg

 報告の代わりに、稲垣さんという方のことをちょっと、私の知る狭い範囲でだが紹介することにした。稲垣さんはたくさん本を出している。編集者が気にいっていたのだろう、かなり以前になるが未来社が何冊も出版した。それから福音館書店から『青春彷徨』という一冊が出ている。彷徨とはよくいったもの、若き日の氏はなにものかに突き動かされて日本列島をあっちこっちさまよっている。なぜか南島にあこがれて、後半に至ってトカラ列島に暮らすことが書かれている。
 トカラ列島は鹿児島県屋久島と奄美大島の間にある不思議な名前のついた島々である。学生運動の退潮期、水前寺清子の歌「東京でダメなら名古屋があるさ」ではないが、都市でダメなら辺境が、政治運動でダメなら生活運動があるさとばかり、少なくない若者たちが地方の田舎に行って農業を始めたり集団生活を始めたりした。世間ではこれをコンミューンと呼んで、トカラ列島の諏訪瀬島にも有名なコンミューンがあった。
 しかし氏はそういう風潮とはかかわりなく、狭い島でただのよそ者として生活し、それを記録した。また地名や民俗の収集に努め、それらをガリ版刷りの本にした。ガリ版刷りといってわかるのは50歳以上の人だろうか、一文字一文字を手書きして、一枚一枚手で刷った、とにかく大変な手間と時間を要する印刷方法である。できたその本を、まず協力してくれた人や関係者たちに送った。(多くの学者は話を聞かせてもらい資料を提供してもらいながら、その成果をお返しすることをしないらしい。網野善彦の『古文書返却の旅』によれば、借りたまま返さないことも珍しくない)残りを1000円くらいで売ったのだが、ほとんど売れなかったという。私も当時どこかで見かけたが、集落の規則や帳簿やの写し、有線放送の実況などの記録が何になるのかという感想しかなかった。やがて、これはとんでもなく貴重な仕事だったのではないかと思いだしたころ、それらの本には結構な高値がついて、決心しないと買えないようなことになっている。

tmk170713.jpg

 この仕事について、宮本常一がこう書いている。
 《稲垣尚友君は私の親友です。(中略)これらの書物を読んでいると、島で生きていくためには、どれだけの知識、文字、金銭を必要としたであろうか、またその生活や文化を継承し向上させるということはどういうことなのか、ということをしみじみ考えさせてくれます》
 宮本は1907年生まれ、稲垣さんの35歳くらい年長である。その宮本が親友というんだからたいへんなことで、稲垣さんの仕事をいかに認めていたかがわかる。文中の「しみじみ」という言葉から宮本の思いが想像できる。宮本は島の人々とその生活、文化を、学問の対象として眺めているのではなく、尊敬や共感や同情をもって見ている。そして宮本は同じ思いを稲垣さんの書物に見出したのである

 さて、稲垣さんは、近年は竹細工関係の本、『竹細工入門』『ザルとカゴを編む』『竹組み工芸』(共に日貿出版社)を出版していて好評とのこと。また、「トカラ塾」というグループを主宰していて、インターネット上にホームページがある。過去の著作、催しの予定などが載っているのでご覧ください。
(藤田)

posted by 東京民藝協会 at 02:09| Comment(0) | 例会

2017年07月03日

第71回全国大会松本大会の報告

 5月の松本は爽快だ。これを「山高く水清くして風光る」というそうで、27日㈯、28日㈰はこの街で開催される「クラフトフェアまつもと」なるお祭りを目指して全国から愛好家がわんさか訪れる。駅正面から会場の「あがたの森公園」まで延びる道は、列をなすといっていいくらいの人出である。ついでに、「ちきりや」などがある中町通り、縄手通りあたりも混雑を極める。

 ちょうどこの期間、第71回全国大会があった。よそから参加した会員が80人、地元の参加者が40人、去年の東京大会が全部で110人で、このところの参加者数はこんなものである。総会、懇親会の会場は、たぶん松本でいちばん大きなホテル「ホテル ブエナビスタ」であった。
 全国大会とはいうものの、運営に関する諸々については、前日(26日)の全国理事会ですでに決定しており、総会はその発表を聞くというか追認するというかの機関になる。であるから、大会はやらなくてはならないが、どちらかというと年に一度の交歓の場になる。  
 これについて、お祭り騒ぎで下らんという批判も当然ある。また開催協会の負担が大きくて、引き受けられる協会が限られてくる。そんな理由から、近年は全国大会を地方で開催するのは止めて、事務的に東京でやったどうかという意見も出てくるようになった。

 -------というようなこともあるのだが、松本大会は豪華、盛りだくさんの大会であった。大会そのもののほかに、「信州の手仕事展」を主催、さらに市立博物館、松本民芸館などで関連の展覧会を行った。また、大会冊子に加えて、『信州民芸』という小冊子も発行した。2冊は、柳、リーチ、池田三四郎らの事績、松本との縁を紹介するなどの内容で、企画から装丁まで立派なものである。広告もたくさん入っているからすごい。これら一連の行事、刊行物を拝見すると、長野県協会には有力者や優秀な会員がたくさんおられることがうかがえる。にしても、ここまでに漕ぎつけることは大仕事、大変な時間と手間とお金がかかっているだろう。深澤会長、滝沢理事以下会員の皆さまに深く感謝したい。
 
 さて、所定の総会議事である。実は今期が協会役員の改選年であった。また、昨年来会則の見直し、変更が検討されていた。この変更に基づいて、会長以下の人事が決定された。会長は金光章氏(岡山県協会)に代わって、曾田秀明氏(青森県協会)が就任した。専務理事は当協会の佐藤阡朗氏が留任、他の理事にも入れ替えがあった。さらに新しく委員会なるものを3つ作って、活動の活性化をはかることになった。
 協会の財政は特別協力金を加えてなお毎年250万円程度の赤字が続いている。保坂事務長のお話では、このままの状態ではあと5年くらいで資金不足になるという。長期低迷は今に始まったことではないが、いよいよ切羽詰まった感がある。新任の役員はこれから3年の間に、思い切った対策をたてて実行していかなくてはならない。困ったことに、私も役員で留任しなくてはならなくなった。30年ばかり前に一愛好家として、しかも金も目もない素人で入会しただけなのに大変なことになっている。憂鬱である。

tmk170703.jpg

 議事終了後、柏木博氏「心地よい暮し」と近藤誠一氏「日本人の心と技」の2講演があった。前者は「玩物草子」という著書があるくらいのもの好きな方で、好きなものや中村好文氏の設計になる自邸の紹介があった。「様式の統一感が心地よさをもたらす」という言葉が記憶に残っている。後者は西欧的自然観と比較しての日本人の自然観の解説。
 懇親会で最初に歌手上条恒彦が登場、上条は松本周辺に多い苗字であって、やはりこの辺りの出身だという。高校生のころかの「まるも」に出入りしていて、民藝を知ったとのこと。70歳半ばにしては体格のいい人で、そこからあの声が出る。「だれかが風の中で」と「生きていくと言うことは」を聞いた。よかった。
 写真は記念品の三代澤本寿の型染め手ぬぐい、中央アルプスの図柄だという。
(藤田)


posted by 東京民藝協会 at 01:27| Comment(0) | レポート