2019年06月21日

◎東京民藝協会+日本民藝館友の会 日帰りバス旅行のお知らせ

日帰りバス旅行(上田市近郊 修那羅峠の石神仏群、無言館、大法寺、前山寺三重塔、青木村郷土美術館)

下記の通り、バス旅行を計画しましたのでご参加ください。
見学先はいずれも車でないと行きにくいところなので、いいのではないかと思います。

日 時  2019年7月21日(日) 
集 合  午前10時 JR上田駅(温泉口の階段を下りて広場右手のWC裏側)
会 費  会員:8,000円  同伴者9,000円(旅行保険代込)
参加申込 tmk@tokyo-mingei.sakura.ne.jp
定 員  25名 申込先着順
*定員を超えた場合は、個別にお断りの連絡をします。
申込締切 7月13日(土)
バス会社 上田バス TEL:0268-34-6602
お断り 何かの事情で見学先他が変更になる場合があります。
前日および当日の参加取り消しについては返金できません。あらかじめご承知下さい。
問い合わせ tmk@tokyo-mingei.sakura.ne.jp

◎時間割 7月21日(日)
(新幹線時刻 上野 → 上田 特急券とも5,940円)
あさま603号 7:30→上田9:01 はくたか553号 7:58 →上田9:17


○上田駅 温泉口バス停留所集合は9:30 (出発は9:45)
温泉口の階段を下りて広場右手のWC裏側。(お城口ではない方の出口)
                   
○郷土美術館(青木村当郷 TEL:0268-49-3838)と大法寺三重塔(同 TEL:0268-49-2256)
館長の解説あり(予定) 10:15〜11:15

○昼食 道の駅あおき
(青木村村松 TEL:0268-49-0333)
席を確保してある。注文は各自、自販機で。そばが有名、農産物直売所あり
11:30〜12:30(12:00過ぎると混雑する )

○修那羅峠(筑北村坂井真田)バスを降りてから、5分程度歩く
13:00〜13:45

○前山寺三重塔(上田市前山 TEL:0268-38-2855)お茶と名物のくるみおはぎ。
14:15 〜14:45

○無言館(上田市古安曽 TEL:0268-37-1650)
14:45〜15:45

上田駅着 解散 16:15ころ
                                         
(新幹線時刻 上田 → 上野 特急券とも5,940円)
あさま676号 16:57→18:28 / あさま628号 17:21→18:46/
はくたか570号 17:46→19:16/ 最終・はくたか578号 21:58→23:18


tmk190621.jpg
posted by 東京民藝協会 at 19:12| Comment(0) | 例会

2019年06月18日

「お岩木さま」に愛される弘前 〜日本民藝協会全国大会〜

 弘前という土地は岩木山に見守られて広がっている。土地に住む人々は朝な夕なに岩木山を眺め、毎日の心の支えにしている。心の支えにするのもむべなるかな、一つには弘前は周囲に競うような大きさの山がとんと見受けられないからであろう。その高さ、1,625m。とは言うものの、身近なようでいて案外近寄りがたいものだ。ある面からは穏やかな稜線を描くのに対して、別の面から見るとゴツゴツ険しい。岩木山は「穏やかさ」も「険しさ」もどちらも併せ持っている。だからこそなのか、土地の人々は岩木山を呼び捨てにせず「お山」とか「お岩木さま」などと敬って呼ぶそうな。年に1回のお山参詣も廃れず今に続いている。
 さて、土地土地の恵みを受けた民藝は生活に「幸せ」を添えるために存在しているとつくづく思う。昔は使う人の顔が見えていたものだから、作り手は使い手を想いながら作っていたと聞く。当然出来上がったモノもそれぞれの身体の部位に添うのである。

tmk190618_02.jpg
弘前城から望む岩木山

 「吾唯足るを知る」という言葉がある。自身の環境は一つの恵まれたものなのであるから、それはそれとして受け入れよ、大体こんな意味である。現代の生活はモノに溢れている分、一つ一つの価値観がよく顧みられないまま消費されている。そのため、「もっと××したい、○○が欲しい」という欲望が先に立ち、止まることを知らない。ただし、手に入れた瞬間に「使う」ということよりも「手に入れた」ことに満足して終わってしまうのはあまりにも悲しいではないか。または使っていても粗雑な扱いでモノの寿命を早めてしまうのも、また悲しいではないか。
 太陽がどんなものにも平等に優しく日差しを投げかけるように、「無」から生まれた「有」を私達はもっと愛さなければなるまい。その生み出された力は驚嘆に値するのであるから。
 今回、弘前に生まれて初めて出向いてこぎん刺しや悪戸焼、伊達げら…等々の民藝に触れた。決して主張が強いわけではない。こぎん刺しは麻の藍染にびっしりと木綿の糸を刺すことで寒さを防いできた。使い手ができるだけ温かく包まれるよう願って刺されたのだろう。隙間なくびっしり糸を刺している。悪戸焼は暗い色合いであるものの、却って重厚感のある焼き物だ。その色使いを見ていると心が静まってくる。伊達げらは雨や雪を防ぐ「蓑」に似たもの。首回りをぐるりと囲むように刺繍が施されている。使い手を大事に思って一刺し一刺し刺したのだろうか…?じっとこれらの品々(弘前市立博物館にて「青森県の民芸」を開催していた)を見ているとこのような感興が浮かんできた。夫婦が共白髪になるまで連れ添うのと同じように、ずっと使い手の生活に寄り添ってきたのは確かであろう。
 手仕事の温かみがしみじみと湧き出るのは、素朴な美しさを曲がりなりにも感じ取れるようになったから。そして、素朴な美しさとは反対側に位置する美の存在を曖昧に把握するようになったからではないだろうか。このような和歌がある。
 花をのみまつらん人に山里の
           ゆき間の草の春を見せばや(新古今和歌集・藤原家隆)
※梅とか桜の華やかな美しさしか知らない人に、雪に埋もれてひっそりと春を待つ草や花の素朴な美しさを是非お見せしたいものだ。
 利休が侘茶の心得をこの和歌をもって示したように、茶道も民藝も「ゆき間の草」に美を見出す。「素朴」ということは素直でありのままであり、力強さを秘めている。「素朴」な美を秘めたモノは使えば使うほど身に馴染み、壊れにくいものだ。ただ、こうした「素朴」な美を感じ取れるのも梅や桜の対極に位置する「華やかな」美を知っているからである。「華やか」な美は儚い。一時の盛り上がりを見せて散ってしまう。繊細ではあるがどこか遠い存在だ。使うというよりも眺める。「華やか」な美と「素朴」な美を両方知った上で、「素朴」な美が良いと直観する。それが茶道であり民藝である。

tmk190618_01.jpg
弘前こぎん研究所にて

 弘前のあの数々な「素朴」な美を支えている存在として、岩木山への厚い信仰があるのだろう。恵みも与えてくれる象徴でもあるから、土地の人々は眺める時にはお山を探し、毎年のお山参詣も欠かさない。対して「華やかな」美を具体的にコレと言うのは難しいけれども、実用的ではなく、お飾りのようなものが総じて当てはまるであろう。
 土地土地は人々に恵みを与えもすれば、いとも簡単に奪いもする。冒頭で触れたように穏やかでもあり、険しい岩木山は弘前の象徴として、今までも、そしてこれからもそうあり続けるのだろう。捉えようのない超越的な存在を受け入れ、畏れ、敬い、愛す。弘前の種種の民藝の宝はこうして育まれた。亀の子の歩みではあるけれども、民藝の一つ一つの宝を観る眼を育てていこう。弘前の風にそう、決意を促されたのであった。<終 2019.6.16>
(東京民藝協会 鈴木華子)

posted by 東京民藝協会 at 18:23| Comment(0) | レポート

2019年05月20日

次回の例会

○東京民藝協会2019年6月例会
「小福田史男氏 藍の絞り染」

日 時 2019年6月14日(金)19時〜21時ころ
場 所 ておりや 神田小川町2-8扇ビル4階
講 師 小福田史男氏(絞り染)
参加費 500円(会員以外は1000円)
定員  25人くらい(会員優先、申込先着順)
参加申込 下記のメールに6月13日(木)まで
tokyomingeikyokai@gmail.com

現在日本民藝館で「藍染の絞り---片野元彦の仕事」展が開かれています(6月16日まで)。これにあわせて、同じ絞り染めをなさっている、小福田氏にお話を伺えることになりました。氏は、平成28年の「日本民藝館展」で日本民藝館賞を受賞しておられます。また、民藝館の売店で販売されている絞りは同氏によるものです。ご参加下さい。


tmk190520kofukuda.jpg
小福田史男「鎧段雁木文様絞り染服地」(平成28年度日本民藝館展 日本民藝館賞受賞作品)
posted by 東京民藝協会 at 19:55| Comment(0) | 例会

2019年05月10日

鹿猿レポート

こんにちは。東京民藝協会会員の金子安也女です。
2019年4月28日(日)に行われた例会のレポートをお届けします!
今回の例会のテーマは「宮島の郷土玩具『鹿猿』について」。講師は広島県民藝協会の千葉孝嗣さん。千葉さんは16年前に広島に移り現在も広島にお住まいですが、東京にいた時に東京民藝協会とご縁があり、今も東京民藝協会を多方面からサポートしてくださっています。

さて、みなさんは「鹿猿」という郷土玩具をご存知でしょうか?鹿の上に猿がチョコンと鎮座して、ひょうきんな魅力のある郷土玩具です。私も宮島に旅行したことがあり鹿がたくさんいた記憶はあるのですが、猿を見かけた記憶はありません。一体、どこから鹿と猿の組み合わせが生まれたのか、その答えを期待して話を聞きます。
宮島は島自体が御神体とされ昔は神様だけが住む場所でしたが、神社が建立され人間も住むようになり、戦後に鹿の数は激減してしまいますが、その後、保護されたことで頭数も増え、現在のように野生の鹿のまま人間に大切にされるようになりました。一方、猿は人家の瓦を剥がしたり食べ物を盗んだりと歓迎されない存在のため、弥山(みせん:宮島中央になる山)に追いやられてしまい、現在は猿の姿を見かけることは殆どなくなったそうです。

tmk1905_02.jpg

気になる「鹿と猿」の組み合わせのルーツですが、結論からすると「よくわからない」そうです。江戸時代から「鹿と猿」の図柄は使われていたようですが、どんな意図でそうなったのかは千葉さんの4年間の調査・研究を持ってしても、未だ謎です。千葉さん曰く「当時、鹿の上に猿が乗っている光景が頻繁に見られたからではないか。」とのこと。何となく鹿より猿の方が、頭が良い(ずる賢い!?)感じがするので、うまいこと鹿を手なずけていたのかもしれませんね。

千葉さんによると鹿猿の一番古いものは明治時代に作られた土製手捻りのもので、一時、明治期に姿を消しますが大正末期に姿を変えて復活し、その後も土製型抜き・土鈴・張子・木彫など様々な素材や姿に変わり現代に引き継がれます。しかしながら、現在の鹿猿は失礼ながら“昔ながら“とは言い難いものもあります。その理由は何なのだろうと考えていると、千葉さんから「鹿猿は郷土玩具の中でも評価が低い。地元の人のものというより、外の人(観光客など)のために作られた。だから地元の人でも知らない人が多いし、興味を持たれていない。」と説明がありました。”昔ながら“を守るには、誰かが強い意志を持って「後世に残そう!」と思わないと、時代の変化の波にのまれてしまうのかもしれません。何だか寂しい気持ちになってしまいましたが、諦めるのはまだ早い。目の前に一筋の光があることに気づきました。一筋の光、それは千葉さんです。

tmk1905_01.jpg

千葉さんは「鹿猿」の研究に留まらず、昔の出土品や文献を参考に、ちょこちょこ精巧な模倣品を作られているのです。あえて模倣品と申し上げましたが、千葉さんが“昔ながら”の鹿猿をご自身が納得されるレベルで復活させた時に本物とお呼びしたいからです。帰り際、「もう千葉さんが昔ながらの鹿猿を作るしかありません!」と千葉さんにお伝えし、「えぇぇ!?」と驚くご本人を横目に、一人清々しい気持ちで会場を去らせていただきした(笑)素朴でキュートな鹿猿が復活する日はそう遠くはないと信じています。千葉さん、頑張ってください!(完)
posted by 東京民藝協会 at 18:49| Comment(0) | 例会