2018年06月22日

次回の例会

○東京民藝協会2018年7月例会
村上豊隆氏「民藝入門」

日 時 2018年7月5日(木) 19時〜21時ころ
場 所 べにや民芸店 目黒区駒場1-33-8 コードンブリューII 2階
講 師 村上豊隆氏(日本民藝協会)
参加費 500円(会員以外は1000円)
定員  25人くらい(会員優先、申込先着順)
参加申込 下記のメールに7月4日(水)まで
tokyomingeikyokai@gmail.com
または電話03-5875-3261(べにや民芸店)

雑誌『民藝』編集部の村上豊隆さん(日本民藝協会)を講師に迎えての「民藝入門」です。
『民藝』5月号「小絵馬」特集を刊行後ということで、「絵馬から、民藝の美しさの基本的な性質を検討していきたいと思います」とのこと。
是非ご参加ください。会場は、駒場のべにや民芸店になります。
posted by 東京民藝協会 at 20:08| Comment(0) | 例会

2018年06月05日

手元の郷土玩具(19) 大竹和紙の鯉のぼり

 東京協会の例会で4回にわたり郷土玩具の話をされた、日本郷土玩具の会会長の中村浩訳さんからお電話をいただいた。久しぶりに濃厚な郷土玩具ばなしができて、とても楽しい時間を過ごした。
 中村さんの用件は、広島県下の郷土玩具の近況について、というものだったが、そうそう出歩いているわけでもないので、十分なお答えができなかった。
 そういえばと思い出したのが、5月23日付けの地元紙・中国新聞にあった、広島県大竹市で54年間、和紙に手描きで彩色した鯉のぼりを作ってこられた大石雅子さんが引退し、あらたな作り手に製作道具一式を引き継いだ、という記事だった。大竹和紙の鯉のぼりは手元になかったので、この機会に大竹まで出かけてみた。

 大竹市は広島県の西端で、隣りは名勝・錦帯橋と米軍基地で有名な山口県岩国市である。JR大竹駅から徒歩5分ほどの商店街の一角に、大竹和紙を使ったさまざまな製品を扱う「大竹和紙工房」という小さなお店がある。
 大竹の和紙づくりは安土桃山時代から江戸初期にかけて始まり、大正時代半ばには1,000軒もの製紙家があった。市内を流れる小瀬川の水と、上流部の山間地で生産された楮が和紙づくりに適していたのだという。しかし、洋紙の普及と沿岸部の工業化で和紙づくりは急速にすたれ、今はわずかに保存会がその伝統を継承している。


tmk180605_01.jpg
和紙工房内の大きな鯉のぼり

 大竹の和紙を使った鯉のぼりは、その模様などを全て手描きで描く。大きいものは5メートルにも及び、風に煽られるとばさっ、ばさっと豪快な音をたてて空を泳ぐという。
 端午の節句に庭先で大きな和紙の鯉のぼりを揚げる家は、今では山間部にごく僅かしかないというが、2メートル以下のものは家の中に飾るにも適当な大きさで、今も買い求める人がある。
 今回入手したのは最少の90センチのものだが、手描きのうろこの勢いなどは、大きいものと同じ迫力がある。

tmk180605_02.jpg
90センチの鯉のぼり

 11年前の平成19年、広島で日本民藝協会全国大会が開催された際、会場内の大きなテーブルの上で、大石さんによる鯉のぼりの絵付け実演があった。数メートルもある大きな鯉のぼりの、白い和紙の地の上に、大石さんは赤や黄色の絵具でうろこやひれなどの模様を、あっという間に描いていく。
 何もないところにためらいなく筆を運ばせて、数十分後には立派な鯉のぼりになったのを、初めて見た私はもちろん、全国から集まった会員から驚きの声が挙がったことを思い出す。

 広島市から大竹市に嫁いだ大石さんは、和紙の鯉のぼりを作っていた広島県和紙商工協同組合の理事長が亡くなった後、試行錯誤を重ねながら鯉のぼり作りを続けてきた。85歳になられた今年、大石さんの下で鯉のぼり作りを習った、墨画イラストレーターの杉本海さんに後を託すことに決めた。
 大竹から戻った午後、気持ちいい天気の下で、庭の木の枝に鯉のぼりを吊るしてみた。思った以上に軽々と、赤い鯉は早速泳ぎ始めた。
 旧暦の5月5日は、今年は6月18日になる。月遅れの6月5日や旧暦で端午の節句を祝う地方もあるという。だから、和紙の鯉のぼりはまだ堂々と、初夏の空を泳いでもいい。


tmk180605_03.jpg
風に泳ぐ鯉のぼり
(千葉孝嗣)


posted by 東京民藝協会 at 18:59| Comment(1) | その他

2018年05月22日

沖縄の映画2本「米軍が最も恐れた男 その名はカメジロー」「返還公証人-いつか沖縄を取り戻す-」

 先日「米軍が最も恐れた男 その名はカメジロー」という映画を見てきた。去年に公開されていたのだが、見そびれていた。瀬長亀次郎という、沖縄では圧倒的な人気を誇る---本人は誇っていないだろうが、政治家についてのドキュメンタリーである。題名通り、戦後米軍に占領されていた沖縄で沖縄人の権利を守るために米国、米国軍、そして日本政府と戦った瀬長を、古いファイルと存命の人々のインタビューをくみ合わせて描いた映画である。

tmk180524_01.jpg

 公式ページの解説は以下の通り
 〈第二次大戦後、米軍統治下の沖縄で唯一人"弾圧"を恐れず米軍にNOと叫んだ日本人がいた。「不屈」の精神で立ち向かった沖縄のヒーロー瀬長亀次郎。民衆の前に立ち、演説会を開けば毎回何万人も集め、人々を熱狂させた。彼を恐れた米軍は、様々な策略を巡らすが、民衆に支えられて那覇市長、国会議員と立場を変えながら闘い続けた政治家、亀次郎。その知られざる実像と、信念を貫いた抵抗の人生を、稲嶺元沖縄県知事や亀次郎の次女など関係者の証言を通して浮き彫りにしていくドキュメンタリー〉

 それから、「返還公証人-いつか沖縄を取り戻す-」が6月あたりから公開される。昨年テレビのBSで放映されたそうで、それを再編集した映画とのこと。以下の解説も公式ページから。
 〈1972年5月15日、沖縄が、アメリカから日本に返還された。交渉が始まったのは1960年代。最前線に立っていた実在の外交官・千葉一夫は、沖縄から核兵器を撤去させ、ベトナム戦争の出撃拠点としないよう、激しい交渉を重ねていた。「鬼の千葉なくして、沖縄返還なし」。沖縄の人々の苦悩に真摯に耳を傾け、大願を成就させた伝説の外交官が、生涯をかけて貫いたものを描き出す〉

tmk180524_02.jpg

 さて、来月6月に民藝協会の全国大会が沖縄で行われる。米軍基地の固定化一極集中を座視している我々本土の人間はどんな顔で沖縄に行ったらいいのか。物見遊山の気分では行けないし、柳はエラカッタで万事オーケーとすましている訳にもいかない。
 沖縄県民は今や、本土復帰は何だったのか、復帰したことが良かったのかどうか、と考えているだろう。また、柳がエラカッタかどうか、柳の沖縄理解については小熊英二らの批判があり、これも参照するべきであろう。こんなことを考えると、沖縄大会は楽しみでもあり憂鬱でもある。
 ------以上まとまりのない文になった。まあ映画紹介ということでご勘弁を。
(藤田)

posted by 東京民藝協会 at 11:17| Comment(0) | その他

2018年05月19日

東京民藝協会フェイスブック

東京民藝協会のfacebookをはじめました。
こちらのブログ同様、東京民藝協会の主な活動などをご紹介いたします。
(facebookに登録しなくてもみられます)
よろしくお願い申し上げます。
https://www.facebook.com/tokyomingeikyokai/
posted by 東京民藝協会 at 17:54| Comment(2) | お知らせ