2018年03月15日

次回(2018年3月)の例会

○東京民藝協会3月例会
郷土玩具の世界4「郷土玩具を楽しむ――先人たちの郷土玩具の部屋」

日 時 2018年3月23日(金) 19時〜21時ころ
場 所 ておりや 神田小川町2-8扇ビル4階
講 師 中村浩訳さん(日本郷土玩具の会会長、全日本だるま研究会会長)
参加費 500円(会員以外は1000円)
定員  25人くらい(会員優先、申込先着順)
参加申込 下記のメールに3月22日(木)まで
tokyomingeikyokai@gmail.com

第1回目に、郷土玩具の成立期、啓蒙期の功労者、清水清風、西沢笛畝、武井武雄らについて伺いました。今回は、その後の世代の有坂与太郎、牧野玩太郎、斎藤良輔ほかの生涯や事績などを紹介していただきます。さらに収集の楽しさ、その方法など、豊富な経験談を伺えそうです。どうぞご参加下さい。
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2018年03月13日

日本郷土玩具の会例会に行ってきました

いま当協会の例会で「日本郷土玩具の会」の会長、中村浩訳氏にお話していただいている。備後屋の楠本さんが中村氏宅で膨大なコレクションを拝見、例会でお話下さるように頼んで下さったものである。
その玩具の会でも月に一度例会兼即売会があるとお聞きして、3月11日日曜日に見学に行ってきた。場所は秋葉原の千代田区区民会館である。道にあふれる外国人の集団の間をぬって会場に入ると、参加者が4、50人、老人が多いが、若い人も1/3くらいはいる感じである。
中央に「ロ」の字にテーブルが並べてあって、人形と冊子類が満載、多分どなたかのコレクション放出だろう。私が普段見るものはネットオークションくらいで、それに比べるといいものばかり、しかも値段が安い。また、知らない古い冊子が多数並んでいて、こんなにいろいろな出版物が出ているのかと驚いた。

最初に研究発表で、今回は「栄国寺人形」という聞いたことのない人形の調査報告であった。実物を集め、文献を当たり、博物館などを見に行き、現地を訪ねて細を穿ったものである。毎回こういう発表があるようで、それも会員がなさるのだからたいしたことである。耳に入ってくる皆さんの会話の内容はチョウ専門的で、門外漢は感心するばかり。テーブル上の人形についてもいろいろな品評が交わされて、既に持っているとか、持っているけれどどこそこが違うからとか、いかにも好事家の集まりである。

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即売会はくじ引き順に買いたいものを指定していくというもので、1回回ったら次は逆回りに戻る、つまり往復で2個買えるという方式である。さらに残ったものは見学者も買えることになっている。私も何点か買わせていただいた。写真がそれである。保存状態のいいものが多くてそのうえ安くて驚いたり喜んだりであった。----実はあまり喜んでもいられない。この歳ではモノはいらないのだ。     

中村会長は、ピンクのセーターに赤いズボンという派手な格好で仕切っておられた。コレクション数は数知れずという方なのだが、それでもなにか大きなものを1点買っていらした。また、協会の会員、田中照彦氏がおられて、最近入会したとのこと。隣に座った方によれば、あの人が一番買っている、ということだった。
(藤田)

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2018年03月08日

例会:郷土玩具の世界2 郷土玩具の材料 その2

先日の続きです。
では竹から行きましょう。

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竹の郷土玩具の代表は竹蛇。これも伊勢や大山などは郷土玩具、他の産地は郷土玩具になっていません。単に昔のおもちゃです。
竹の特徴のバネを活かした柴又の弾き猿などが有名です。弾き猿は東北から九州まで広く作られています。江戸時代にはどこでも作られていて、縁日で売られていました。
「災い」を弾き猿(はじき去る、取り去る)のおまじないです。
柴又の帝釈天前の園田仏具店では今も売られています。
ここでは木彫りの見猿や御幣猿や神様の形の猿も門前で売られています。
帝釈天では庭球のお守りも売っていて、錦織圭さんも来たということで、中村さんはテニスをやっているお孫さんを連れて買いに行って、大変喜ばれたとのことです。
愛知県小坂井の風車は俵の形をしていて豊穣を祈って1年に一度神社で売られていました。今は保存会の方達が作っています。
竹笛も昔はどこにでもありました。今は兵庫県の青葉の笛ひとつだけが郷土玩具として残っています。
竹を材料にしたおもちゃは割と少ないです。竹篭やセキレイなどが作られています。

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次は藁です。藁は刈り取って、米を取った後のイネの茎です。代表的な郷土玩具は藁馬です。藁は米を収穫した後のもですから、豊穣(豊作)を意味します。藁馬に豊作の願いや子孫繁栄の願いごとのものが多いのは、こうしたことからかもしれません。藁は神聖なしめなわに使われる物ですから、災い除けの魔力もあるのでしょう。
長野県の桐原の藁馬はご覧のように立派な子孫繁栄のお守りです。
東京の麦藁蛇は夏の水あたり除けのおまじないです。
麦藁細工には名玩と呼ばれる大森(今年展示会)が代表。
他に修善寺、城之崎が産地です。
大森は東京の出入り口で、麦藁細工は恰好のお土産でした。藁は壊れやすくほとんど残っていませんが、江戸時代に大森貝塚を発見したモースが下駄とか看板とかの庶民的なものを持ち帰ったが、その中に藁細工もあり、綺麗なものはそれが残っています。
大田区では時々ワークショップなどをやり、藁細工を作ってみるが、江戸時代に名も無い職人たちが作ったものを真似をしようとしても、文明が進みお利口で器用なはずの現代人には上手くできないのが不思議です。
私が郷土玩具を集め初めのころ、藁馬は郷土玩具として郷土玩具作者や民芸店で求める物とばかり思っていました。
それがこちらに住むようになり、ある日埼玉県の川越近辺に釣りに行きましたら、七夕の笹と一緒に藁馬が川に捨てられていました。笹と一緒に川に流したのでしょうが、とても衝撃でした。郷土玩具ではなく、お守りとして藁馬がまだ生き残っているのを目撃したからです。前回お話ししたように、清水晴風や武井武雄の本で紹介された、千葉の七夕馬や大井町のお盆の藁馬(現在は中国製が多い)は郷土玩具に昇格されていますが、これらは単に行事のための添え物となって、これからのこ売るのも難しくなっています。

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その他の植物ではどんなものがあったでしょう。
植物で使えるものは、手当たり次第に使っていました。
関東(千葉や埼玉)では、河原などにしげる、カヤはマコモで馬を作る習慣があります。精霊馬です。
秋田県のイタヤ馬や、米粉で作った犬っこなどもあるが、カビてしまって残っていない。
このほかの植物では、鹿沼のきびガラの十二支が今は丸山早苗さんによって作られています。鹿沼は良質の箒の産地で有名で、箒草のガラ即ち端材を使い作ります。
すすきも使います。東京・雑司ヶ谷のみみずくは江戸時代からの郷土玩具です。10月半ばの御会式には境内に露店が出ます。昔は王子でも売られていました。すすきは秋に刈り取り花のついたまま寝かして翌年にみみずくにするそうです。

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さて残るは紙です。
紙は中国の三大発明のひとつといわれています。紀元100年頃、中国の蔡倫(さいりん)という人が木屑や麻布のボロを梳いて紙を作ったと言われています。
日本には遣唐使などによって伝えられたのでしょうか。とても高価な物だったのでしょうね。使い終わった紙(故紙)も高価に取引されていたそうです。自由に使えるようなったのは江戸後期からでしょう。
実艦という中国の仏像を作る技法が張子を作るお手本になったのだと思われます。
その頃の浮世絵の寺子屋の風景などに、真っ黒に何度も書いた習字のお稽古の風景が出てききます。自由になっても高価な物だったのかもしれません。


東京の郷土玩具の代表が犬張子です。こどもをたくさん産む犬にあやかって安産のお守りになっています。小伝馬町の犬張子と呼ばれ、日本の犬張子の王様でしたが、最後の作者が昨年末(平成28年)亡くなってしまいました。谷中のいせ辰さんがその流れを継いでいます。皮肉なことに来年(平成30年)の年賀切手が同じ作者が作っていた笊被り犬です。悔しいことに会も知らない作者の浅草の助六の製品がモデルになりました。小伝馬町の作者が親友だったので、なにかやりきれません。
何故にいせ辰さんのではないのか⁈ 私も憤慨しています!byずぼんぼ
右は高松のほうこさん、お城の御殿に仕えた、奉公さんが”ほうこさん”になった。
その下の赤べこですが、右側が本物の赤べこ。左のは現在使われている違う作者が作っているもの。版権が無いので今はこれが赤べことして沢山売られているのが、どうも納得がいきませんが…
紙は土人形のように粉々にはなりませんが、壊れやすいですね。そのため、江戸期のものはほとんど残っていません。駒場の民芸館にある三春張り子のような例は稀有です。

壊れやすいで思いだしましたが、広島県に常石張り子があります。もともと三原土人形で創られましたが船で輸送するため壊れるので、その型を使って張子にかわった珍しい郷土玩具です。雌型をもちいますので、細かな表現になります。
近年は作者が宮司さんになってしまい、あまり作ってくれません。

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さて張子の紙は、薄い和紙とちがって、厚い張子紙という紙を使います。
故紙を水に入れてくだき、また紙に再生するのですが、今は作り手が少なく、関東では私のだるま仲間が埼玉県の小川町ですいています。故紙に古新聞を混ぜてすきます。彼が2年ほど前心臓を患って休業した時はいろいろな張子屋さんから紙の問い合わせがあってこまりました。今は少し健康になって、少量の紙をすいていますが、後継者がいません。残念です。張子紙を漉くのはもう日本に数人しかいないのではないでしょうか。

張子の人形はこの故紙を木型に貼って乾かし、乾いたら木型から抜き出し、胡粉をかけ、彩色した物です。故紙は大福帳や襖の紙などの使いおわったものですから、それが出るところは武家屋敷か商家のある所、すなわち城下町が産地となります。

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ここに紹介するのは張子玩具の大まかな種類です。
張子には、お面や達磨、首振りのお人形など色々な種類があり、楽しいおもちゃがいっぱいあります。コレクターは張子だけとか、土人形だけとか目的を決めている人も少なくありません。
土人形と張子は型があって、材料さえあればできるので、沢山産地が生まれたのではないでしょうか。昭和50年頃に比べると半分くらいに減ってしまいましたが。

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張子だけではなく、紙を使った郷土玩具は色々あります。
合掌作りで有名な富山県の五箇山では地元で作る和紙をめがたに押し込んで固めて作る紙塑人形があります。そして名品は、浜松張子の作者が作った浮世人形。これは紙粘土のように紙を寄り固めて作る人形です。我が郷土の誉れです。
でも残念ながら、これも戦前になくなってしまいました。
張子ではありませんが、姉様なども紙を使ったおもちゃですね。

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その他の異質な材料から
フグ提灯、 鮭の皮のアイヌの靴、 岩国・錦帯橋の石人形はとびげら、  江の島の貝細工(道中の絵なんかを貝を貼り付けた屏風など、途中から貝が取れなくなって外国から輸入したものが使われている)、 石の達磨(鹿児島の軽石、碁石に使われる那智のだるま、十勝川の黒曜石のだるま)、 漆の達磨、 イネの穂でできた男山八幡のかんざしは縁起物として色々と作られたが今はもうない。

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糸鞠、 あけびの鳩車、 漆塗の大内うるし雛(藩の奨励のために作られた)、 宇都宮のふくべ細工、 ガラスでできたポッペン(ビードロ)は神戸の神社で一年に一回売られる、 人形墨、 昆布だるま(兵庫県のお寺で授与される)
城崎の人形筆はお城の若様が習字が嫌いだったことから筆からお人形がパッと飛び出るように細工をした。

複合(材料の見合わせ)では 凧、風車 金魚提灯など。

昔は紙で作られていたら城下町だったんだなとか、石のだるまだったら山で石が取れた所でできたんだというように、材料で産物や風土がわかりました。

さらに紙のようにリサイクルという、まさにエコ材料です。土人形や張子の下塗りの白い胡粉も貝殻をくだいた物、胡粉と塗料をつなぐ膠は魚の骨から作られます。それが郷土玩具の基本ですが、周りに自然のなくなった今は、タダ同然だった物が輸入品になったりして高価になり、廃業に追い込まれる原因のひとつになっています。

郷土玩具の材料は、身近にあって、安く、もしくはタダ同然で手に入るものでした。
でも今は材料が手に入らず、外国から入ってきたものが多くて、逆に高くなってしまった。郷土玩具というからには郷土がくっつけられるものでなくてはならないのに、作っている人が郷土の人だというだけです。どのようにして残っていくか、どのようにして風土を伝えていくかがこれからの課題だと思います。
(備後屋ずぼんぼ)

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2018年03月06日

3月例会:日本民藝館見学会

○東京民藝協会3月例会
日本民藝館「棟方志功と柳宗悦」展見学


日 時 2018年3月17日(土)11:00〜12:30
場 所 日本民藝館 入口あたりに集合
解 説 石井頼子さん(会員、棟方志功研究)
参加費 なし
定 員 20人位(会員優先/先着順)
参加申込 下記のメールに3月16日(金)まで
tokyomingeikyokai@gmail.com


このところ各種催しに参加者が少なくて遠慮していたのですが、石井さんが構わないとおっしゃって下さり、図々しくお願いしました。石井さんは棟方の孫であるということにとどまらず、棟方の周辺も含めた広い範囲の研究をしておられて、最上の解説者ではないかと存じます。
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2018年03月05日

例会:郷土玩具の世界2 郷土玩具の材料 その1

郷土玩具というと、土人形と張子人形がまず思い浮かぶことと思います。
土人形は文字通り土でできたお人形、張子は紙でできたお人形です。でも郷土玩具はそれだけではなく、木、竹、藁などの植物でも作られています。いずれにせよ、日本に大昔からあった自然の材料でお金のかからないもので作られていますから、郷土玩具はいわばエコな商品なんですね。

さてさて、今回も中村さんの目から鱗のお話が満載で、とても長くなるので2回に分けて文章を書きますね。

先ず土からお話ししましょう。最初に創られたおもちゃの素材は、多分土だったのでしょうね。木などは道具がいりますし、紙が現れるのはもっと時代が後になります。型がなくても手でひねるだけで形づくることができる土が最初と考えられます。我々の祖先は土器や埴輪、土偶などの土製品に秀でていたのですから。

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熊本に伝わる木の葉猿のような原始的な面影を強く残した手捻りの土人形などが生まれたのです。これは、最古の郷土玩具といわれています。とても古い言い伝えがあります。養老7年(723年)の元旦、夢枕に立ったお爺さんのお告げで奈良の春日大明神を祀り、木の葉山の土で祭器を作り、余った土を投げ捨てたら猿の形のなって飛び去った。そして天狗のような巨人が現れ、木の葉山の土で猿を作れば幸せになれるとお告げをし、その後村人は幸福に暮らすようになったという伝説から生まれた郷土玩具なのです。
とても土俗的で、人間の根源の子孫繁栄を表しています。
ずうっとお猿さんばかり作っていますが、最近は十二支やお節句物も作られて備後屋でもとても人気があります。
伝統を守って、新しいものも作っていってくれたらいいと思うと中村さんは仰います。

郷土玩具で土人形が多いのはその歴史の長さからかもしれません。
やがて中国や中国から朝鮮を経て、焼き物の技術が伝えらてれきますと、一層人形作りの技術が向上します。

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「土人形の祖」といわれるのが、京都・伏見で創られている伏見人形です。
平安時代から伏見稲荷の近くの深草山の土を使って、参詣者のために須恵器(古墳時代から平安時代まで生産された陶質土器)を創りました。その後、秀吉の朝鮮出兵の時に連れ帰った腕の良い朝鮮の陶工を伏見に連れてきて、さらに伏見人形は発展していったといわれます。いわば拉致ですね。参拝土産にキツネの土人形や、おまじないの人形を作り始めました。そして江戸期にはおおいに発展していきました。
なにしろ、伏見稲荷は京都の都にあって、稲荷神社の元締めですので、参拝客も多かったのです。伏見人形は、〜のため、というお人形が多かったですね。

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当時は50軒を越す人形屋があったそうです。
伏見人形を土産に求め持ち帰り、くだいて畑にまくと豊作になるという風習がありました。農耕の神家・伏見稲荷の信仰からきたおまじないです。
このため伏見人形は、伏見街道から東海道、伏見から船で大阪、そこから西国へ、日本海側は松前船によって佐渡、青森などの東北地方へと広まり、やがてこれを原型にして各地で土人形が作られるようになりました。
自分のところで作った方が儲かるわけですから、買ってきたお人形で型を作りパクって売ったわけです。
版権のないおおらかな時代のお話しですね。

伏見人形は、「土人形の祖」と呼ばれるのはこうしたことからです。
少し前は2軒ありましたが、現在は1.2軒の人形屋しかありません。
1軒は七代続いている、丹嘉・大西時夫(重太郎)さん。寛延年間(1750年頃)創業の丹嘉、もう0.2軒は何かというと、今もやっているのではないかと思いますが、数年前に伏見に行った時、門前のお土産屋さんが新たに伏見人形を作り出していたからです。昔はどこでも作っていたから、うちも作っていいでしょうという考えからです。それで、0.2軒としました。そこは先ほど話した2軒の内の1軒・廃絶した菱屋の作品を売っていた店です。
10年くらい前、丹嘉の店先に3点大きな原型が飾ってあったのが盗まれた。マニアは私を含めて手癖が悪いですからね。(笑)それ以来、原型はお店の奥に引っ込んだそう。
丹嘉の頭首は大学出のインテリで話すのは大変ですが、行く価値のあるお店とのことです。(私もいつか行きたい!)

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伏見人形師の祖「斑鳩孝右衛門」
桃山時代にいたと伝えられる人形師で、浪人から伏見で人形を作り、やがて豊臣秀頼に仕え大阪夏の陣で戦死したといわれる伝説の人物。
背中に幸右衛門のサインが彫られる人形が骨董屋さんから時折顔を出す。最近もネットオークションに出品された。
かつて日本全国には江戸期は150軒、戦前は約90軒の土人形産地がありました。現在は30軒ほどとだいぶ減っていますが。この多くが伏見人形を基に作られてきたのです。
土が取れれば、どこでも作れたんですね。

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土人形の発祥
土人形は、焼き物や愛知県のような瓦産地(今は2軒、昔は10軒)から、青森県弘前や東京今戸などの日用雑器を焼く産地からなど、焼き物の傍ら土人形が作られるようになり、それが本業になっていきました。郷土玩具の土人形は陶器とちがい、低い温度で焼かれます。
そのためとても壊れやすいのですが、その手軽さが郷土玩具のよさかもしれませんね。

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改めて土人形の製法を紹介します。まず原型を作ります。それに粘土をかぶせ乾いたら半分に割り雌型をつくります。粘土をこね(これはステーキと同じで、少し寝かせた粘土がいいそうです。先日見た南米のテレビでアリクイを狩り、3日ほど後の取りに行く、それまではうまくないので他の動物に喰われない)、表と裏の型につめて抜き出し、前後をはり付け、乾燥させて焼きます。その後胡粉をかけ彩色して出来上がります。胡粉は貝殻をくだいたもの、動物の骨などからとったゼラチンでできた膠に混ぜて使います。

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土人形の主な材料は粘土ですので、焼き物の産地が土人形の産地とも言えます。
日本三大土人形といわれているのは、伏見人形(深草焼きから)、仙台の堤人形(堤焼きから発祥。長崎の古賀人形(長崎焼きから)です。そのいわれは不明です。

福岡県の博多人形の産地では、その技法を活かし、砂州での土人形作りが発達しました。このように伏見の流れではない産地もあります。

変わり物の土人形として、和歌山の瓦猿、瓦牛。平戸の三番叟の猿などがあります。


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次は木です。
昔はどの家庭にも木彫りのクマがありましたね。かくゆう私の家もテレビの下の人形ケースに北海道に行ったことがないのにありました。そしてこけしもです。
木彫りの熊は大正12年に尾張徳川19代の徳川親義がスイスで求めた木彫りを、北海道に入植した尾張藩の家臣を通して貧窮していたアイヌの農民に伝えたものです。

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木のおもちゃの代表はこけしでしょうか。
滋賀県の永源寺(東近江市)という所が木地師のルーツといわれています。
平安時代前期の皇族。文徳天皇の第一皇子の惟喬親王という人物が初めてろくろを考案したという伝説があります。今から約1200年前のお話、ろくろを伝えられた家臣(小掠=こけし屋さん、鳥取・岩井温泉の挽き物屋さんにこの名が残っています)たちがお墨付きをもらって、ここから木を求めて各地で木地師になっていったという伝説です。

箱根や東北の温泉地でお椀やお盆などを作り湯治客のお土産として売っていました。
やがて我が子のために独楽などの玩具やこけしも創るようになり、それも湯治客の格好の土産品となっていき、木地玩具やこけしが名物になっていきました。
東北のこけし職人が作る木地達磨と呼ばれるおもちゃは箱根細工の技法から作られるようになったといいます。ロシアのマトリョウーシカも箱根細工がモデルですね。

温泉土産の木地玩具には、九州の日奈久温泉の桐を材料にした木地玩具、
鳥取県の岩井の十二支が有名です。
ちなみに、こけしや郷土玩具界では東北六県で昔から作られてきた(一部後に北海道や関東にも職人が移住する)こけしを伝統こけし、箱根や大山、群馬などで作られるお土産をこけしを、観光こけしなどと区別しています。
東京こけし友の会の例会は現在は神田で開かれていますが、私が高校生の頃は目白の学習院が会場でした。
たまに上京して寄せて頂くと、テレビ俳優の久松保夫さんが出席していて、入札品のほとんども落札していました。久松さんは、当時話題の探偵ドラマ「日真名氏飛び出す」の主役で、超有名人、名刺を頂く手も震えるほどでした。入札というのもその頃知った購入方法で、高校生の私には縁の遠い金額でした。

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この他、東北の三大駒と呼ばれている、三春、木ノ下、八幡駒。
みな馬の産地から生まれた木馬です。
これらはどれもひなびた東北で作られてますが、毛色のかわった木製品は、兵庫県の神戸で作られている神戸人形です。これは明治になって、神戸港から日本に来る外国人の土産として作られるようになりました、めずらしく都会のからくり玩具なのです。何度かの廃絶、中絶をくり返しながら、昨年再び蘇っています。

こけしの材料は、みずきやいたやかえでなど白い木です。木馬などは、松、杉など安価で手に入りやすく、加工しやすい木ですね。日奈久温泉は高価な桐を材料にしていますが、桐下駄の端材を作っているからです。ほかにコシアブラ(ウコギ)をけずっただけの削り掛け笹野彫り、東北や宇都宮の花、経木の千木箱などがあります。

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木のおがくずを糊で固めた煉り物などあります。
埼玉県鴻巣で創られる赤物は無形文化財、伊勢、かつては山形に名品がありました。
これらも木工製品のまさしく廃材を活用しています。郷土玩具界で初めて無形文化財に指定された鴻巣の赤物ですが、その名門がして時期に廃業し、他の作者で作られているのが残念です。(伊勢の赤物も今年廃業されました(>_<))
練り物は、虫に食われやすく、昔のものは仲がスカスカになってしまい、残っていない。
土人形に比べたら、作りにくいので、昭和50年くらいでも全国で20軒くらいしかなかったそうです。

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東北のこけしに対して九州には木地車(雉子車)、木地馬という車の付いた玩具があります。これらは木こりが我が子に与えたおもちゃです。木こりの子供達がこれに乗って山の斜面を滑って遊んでいたのだそうです。
同じように家で帰りを待つ子どもに作って与えたおもちゃから郷土玩具になったのは高知のクジラ車や船があります。
絵馬も木製ですね。郷土玩具では、絵馬屋さんが作る小さな絵馬、小絵馬を収集の対象にしています。ほかに鷽、独楽などもあります。

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近年話題に案っているのが、農民美術人形(農美と呼ばれている)。
戦前、画家の山本 鼎が提唱した木彫製品。農民の趣味の向上や副業の推進の為に指導し、各地の農村に広まった。特に木彫りの人形(木っ端人形とも呼ぶ)収集が最近ブームになり、高価になっている。かつては観光土産だった。
でも、これは郷土玩具とは呼ばないのです!

その2に続く。
(備後屋ずぼんぼ)


資料の画像は、この例会で皆様にわかりやすく説明するために、一部インターネット上から拝借いたしました。
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2018年03月01日

手元の郷土玩具(18) 新山真由美さんのお雛様

 この春、永年活動を共にしてきた広島協会の友人が、転勤で広島を離れることになった。
 送別会じゃ寂しいから「壮行会」をしようと、仲間うちで集まったら、お餞別の品を渡す前に、離れる当人の方から私たちにプレゼントをいただいてしまった。嬉しいやら申し訳ないやら。
 そういう心配りが自然で、周囲への思いを行動に移して、皆を楽しませてくれる方なだけに、共に楽しみ、語り合う機会が減ってしまうのが残念でならない。
 その方からいただいたのは、宮城・弥次郎こけしの工人・新山真由美さん作のお雛様である。


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新山真由美さんのお雛様

 3年ほど前の年末、広島市内のデパートで開催された宮城県の物産展に、新山吉紀・真由美ご夫妻が実演販売に来られた。このご夫妻の作るこけしは、当時の僕にとって憧れの作品だったので、物産展が始まった日の夕方、早速顔を出してみた。
 人見知りで、ちょっと離れたところから吉紀さんの轆轤挽きを見ていたら、「こけしが好きなの?」と声をかけてくださった。そこから話がはずみ、広島協会の仲間数人で、ご夫妻を瀬戸内の幸と酒を出す居酒屋にお招きし、楽しい時間を過ごした。

 弥次郎系の工人さんの中でも、ご夫妻の活躍は目を見張るものがある。
 当時憧れていた吉紀さんのこけしに、かつて飯坂温泉で轆轤を挽いていた佐藤栄治・喜一親子の写しがあった。強烈な個性を放つ作品だが、吉紀さんが作られる喜一型は静かな気品があって、決して猥雑にならないところがいい。もう少し古風な趣きのある父・栄治の写しや、喜一にしては珍しい静かな表情のものなど、吉紀さんに教えていただきながら得たこけしたちは、今もこの机の上に佇んでいる。


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新山吉紀作 左 栄治写し、中央と右 喜一写し

 気風のいいお母さんといった感じの真由美さんの作るこけしやえじこたちは、どれも優しい表情をしている。あっという間に作られる独楽や、売り場にはなかった「やみよ」など、いろいろなものを挽いてくださる新山さんのコーナーに毎日のように通っては、広島ではなかなか見ることのできない、東北のこけし工人の技を堪能した。

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真由美さんのこけしとえじこ、手前にあるのが「やみよ」

 今回プレゼントされたお雛様は、あれからいただくようになった新山さんの年賀状の、今春の図柄であった。友人が電話をしたところ真由美さんが出られて、知人への贈り物にしたいのでと話したら、喜んで引き受けてくださったという。
 お雛様の柄には、梅・桜・藤の3種類があって、皆で分け合った。雛祭りに一番近い時期の花なら梅、旧暦なら桜になるのだろうか。ただ、その清々しさに惹かれて、僕は藤の模様を選んだ。

 普段から木を相手に仕事をされている吉紀さんは、一度、宮島・厳島神社の大鳥居に直接触れてみたいと言われていた。
 それが実現する日が来たら、その友人と一緒に、新山ご夫妻を宮島へ案内することができればいいなと、ひそかに思っている。
(千葉孝嗣)

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