2019年05月20日

次回の例会

○東京民藝協会2019年6月例会
「小福田史男氏 藍の絞り染」

日 時 2019年6月14日(金)19時〜21時ころ
場 所 ておりや 神田小川町2-8扇ビル4階
講 師 小福田史男氏(絞り染)
参加費 500円(会員以外は1000円)
定員  25人くらい(会員優先、申込先着順)
参加申込 下記のメールに6月13日(木)まで
tokyomingeikyokai@gmail.com

現在日本民藝館で「藍染の絞り---片野元彦の仕事」展が開かれています(6月16日まで)。これにあわせて、同じ絞り染めをなさっている、小福田氏にお話を伺えることになりました。氏は、平成28年の「日本民藝館展」で日本民藝館賞を受賞しておられます。また、民藝館の売店で販売されている絞りは同氏によるものです。ご参加下さい。


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小福田史男「鎧段雁木文様絞り染服地」(平成28年度日本民藝館展 日本民藝館賞受賞作品)
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2019年05月10日

鹿猿レポート

こんにちは。東京民藝協会会員の金子安也女です。
2019年4月28日(日)に行われた例会のレポートをお届けします!
今回の例会のテーマは「宮島の郷土玩具『鹿猿』について」。講師は広島県民藝協会の千葉孝嗣さん。千葉さんは16年前に広島に移り現在も広島にお住まいですが、東京にいた時に東京民藝協会とご縁があり、今も東京民藝協会を多方面からサポートしてくださっています。

さて、みなさんは「鹿猿」という郷土玩具をご存知でしょうか?鹿の上に猿がチョコンと鎮座して、ひょうきんな魅力のある郷土玩具です。私も宮島に旅行したことがあり鹿がたくさんいた記憶はあるのですが、猿を見かけた記憶はありません。一体、どこから鹿と猿の組み合わせが生まれたのか、その答えを期待して話を聞きます。
宮島は島自体が御神体とされ昔は神様だけが住む場所でしたが、神社が建立され人間も住むようになり、戦後に鹿の数は激減してしまいますが、その後、保護されたことで頭数も増え、現在のように野生の鹿のまま人間に大切にされるようになりました。一方、猿は人家の瓦を剥がしたり食べ物を盗んだりと歓迎されない存在のため、弥山(みせん:宮島中央になる山)に追いやられてしまい、現在は猿の姿を見かけることは殆どなくなったそうです。

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気になる「鹿と猿」の組み合わせのルーツですが、結論からすると「よくわからない」そうです。江戸時代から「鹿と猿」の図柄は使われていたようですが、どんな意図でそうなったのかは千葉さんの4年間の調査・研究を持ってしても、未だ謎です。千葉さん曰く「当時、鹿の上に猿が乗っている光景が頻繁に見られたからではないか。」とのこと。何となく鹿より猿の方が、頭が良い(ずる賢い!?)感じがするので、うまいこと鹿を手なずけていたのかもしれませんね。

千葉さんによると鹿猿の一番古いものは明治時代に作られた土製手捻りのもので、一時、明治期に姿を消しますが大正末期に姿を変えて復活し、その後も土製型抜き・土鈴・張子・木彫など様々な素材や姿に変わり現代に引き継がれます。しかしながら、現在の鹿猿は失礼ながら“昔ながら“とは言い難いものもあります。その理由は何なのだろうと考えていると、千葉さんから「鹿猿は郷土玩具の中でも評価が低い。地元の人のものというより、外の人(観光客など)のために作られた。だから地元の人でも知らない人が多いし、興味を持たれていない。」と説明がありました。”昔ながら“を守るには、誰かが強い意志を持って「後世に残そう!」と思わないと、時代の変化の波にのまれてしまうのかもしれません。何だか寂しい気持ちになってしまいましたが、諦めるのはまだ早い。目の前に一筋の光があることに気づきました。一筋の光、それは千葉さんです。

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千葉さんは「鹿猿」の研究に留まらず、昔の出土品や文献を参考に、ちょこちょこ精巧な模倣品を作られているのです。あえて模倣品と申し上げましたが、千葉さんが“昔ながら”の鹿猿をご自身が納得されるレベルで復活させた時に本物とお呼びしたいからです。帰り際、「もう千葉さんが昔ながらの鹿猿を作るしかありません!」と千葉さんにお伝えし、「えぇぇ!?」と驚くご本人を横目に、一人清々しい気持ちで会場を去らせていただきした(笑)素朴でキュートな鹿猿が復活する日はそう遠くはないと信じています。千葉さん、頑張ってください!(完)
posted by 東京民藝協会 at 18:49| Comment(0) | 例会