2019年06月18日

「お岩木さま」に愛される弘前 〜日本民藝協会全国大会〜

 弘前という土地は岩木山に見守られて広がっている。土地に住む人々は朝な夕なに岩木山を眺め、毎日の心の支えにしている。心の支えにするのもむべなるかな、一つには弘前は周囲に競うような大きさの山がとんと見受けられないからであろう。その高さ、1,625m。とは言うものの、身近なようでいて案外近寄りがたいものだ。ある面からは穏やかな稜線を描くのに対して、別の面から見るとゴツゴツ険しい。岩木山は「穏やかさ」も「険しさ」もどちらも併せ持っている。だからこそなのか、土地の人々は岩木山を呼び捨てにせず「お山」とか「お岩木さま」などと敬って呼ぶそうな。年に1回のお山参詣も廃れず今に続いている。
 さて、土地土地の恵みを受けた民藝は生活に「幸せ」を添えるために存在しているとつくづく思う。昔は使う人の顔が見えていたものだから、作り手は使い手を想いながら作っていたと聞く。当然出来上がったモノもそれぞれの身体の部位に添うのである。

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弘前城から望む岩木山

 「吾唯足るを知る」という言葉がある。自身の環境は一つの恵まれたものなのであるから、それはそれとして受け入れよ、大体こんな意味である。現代の生活はモノに溢れている分、一つ一つの価値観がよく顧みられないまま消費されている。そのため、「もっと××したい、○○が欲しい」という欲望が先に立ち、止まることを知らない。ただし、手に入れた瞬間に「使う」ということよりも「手に入れた」ことに満足して終わってしまうのはあまりにも悲しいではないか。または使っていても粗雑な扱いでモノの寿命を早めてしまうのも、また悲しいではないか。
 太陽がどんなものにも平等に優しく日差しを投げかけるように、「無」から生まれた「有」を私達はもっと愛さなければなるまい。その生み出された力は驚嘆に値するのであるから。
 今回、弘前に生まれて初めて出向いてこぎん刺しや悪戸焼、伊達げら…等々の民藝に触れた。決して主張が強いわけではない。こぎん刺しは麻の藍染にびっしりと木綿の糸を刺すことで寒さを防いできた。使い手ができるだけ温かく包まれるよう願って刺されたのだろう。隙間なくびっしり糸を刺している。悪戸焼は暗い色合いであるものの、却って重厚感のある焼き物だ。その色使いを見ていると心が静まってくる。伊達げらは雨や雪を防ぐ「蓑」に似たもの。首回りをぐるりと囲むように刺繍が施されている。使い手を大事に思って一刺し一刺し刺したのだろうか…?じっとこれらの品々(弘前市立博物館にて「青森県の民芸」を開催していた)を見ているとこのような感興が浮かんできた。夫婦が共白髪になるまで連れ添うのと同じように、ずっと使い手の生活に寄り添ってきたのは確かであろう。
 手仕事の温かみがしみじみと湧き出るのは、素朴な美しさを曲がりなりにも感じ取れるようになったから。そして、素朴な美しさとは反対側に位置する美の存在を曖昧に把握するようになったからではないだろうか。このような和歌がある。
 花をのみまつらん人に山里の
           ゆき間の草の春を見せばや(新古今和歌集・藤原家隆)
※梅とか桜の華やかな美しさしか知らない人に、雪に埋もれてひっそりと春を待つ草や花の素朴な美しさを是非お見せしたいものだ。
 利休が侘茶の心得をこの和歌をもって示したように、茶道も民藝も「ゆき間の草」に美を見出す。「素朴」ということは素直でありのままであり、力強さを秘めている。「素朴」な美を秘めたモノは使えば使うほど身に馴染み、壊れにくいものだ。ただ、こうした「素朴」な美を感じ取れるのも梅や桜の対極に位置する「華やかな」美を知っているからである。「華やか」な美は儚い。一時の盛り上がりを見せて散ってしまう。繊細ではあるがどこか遠い存在だ。使うというよりも眺める。「華やか」な美と「素朴」な美を両方知った上で、「素朴」な美が良いと直観する。それが茶道であり民藝である。

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弘前こぎん研究所にて

 弘前のあの数々な「素朴」な美を支えている存在として、岩木山への厚い信仰があるのだろう。恵みも与えてくれる象徴でもあるから、土地の人々は眺める時にはお山を探し、毎年のお山参詣も欠かさない。対して「華やかな」美を具体的にコレと言うのは難しいけれども、実用的ではなく、お飾りのようなものが総じて当てはまるであろう。
 土地土地は人々に恵みを与えもすれば、いとも簡単に奪いもする。冒頭で触れたように穏やかでもあり、険しい岩木山は弘前の象徴として、今までも、そしてこれからもそうあり続けるのだろう。捉えようのない超越的な存在を受け入れ、畏れ、敬い、愛す。弘前の種種の民藝の宝はこうして育まれた。亀の子の歩みではあるけれども、民藝の一つ一つの宝を観る眼を育てていこう。弘前の風にそう、決意を促されたのであった。<終 2019.6.16>
(東京民藝協会 鈴木華子)

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