2022年05月26日

ある社会運動家の半生――『平和と手仕事』と吉川徹氏

 『民藝』誌5月号に「信州佐久・望月のお味噌仕入れとおなっとう」という記事が載っている。長野県佐久市望月町で味噌づくりを共同作業でやっているという内容で、筆者は吉川徹氏、「多津衛民芸館」の館長である。多津衛民芸館というのは、長野県佐久市にある民芸館で、5、6年前には民藝夏期学校を主催していただいているし、ご存知の方も多いだろう。この記事で思い出したが、多津衛民芸館では年に一度『平和と手仕事』という機関誌を発行していて、去年の秋に26号がでた。そのなかに「私の半生と反省 社会教育という仕事に生きて」という回顧録があり、これが吉川氏によるものである。拝読してぜひ紹介したいと思ったが書けなかった。内容が立派すぎて、どう紹介したらいいかわからなかったので。だがブログの記事がなくて、『たより』が白紙になってしまうので、駄文を書くこととした。

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 吉川さんは1937年、昭和12年東京生まれ、戦中戦後の貧しく厳しい生活を経験した。1962年(昭和37)に宮原誠一(当時高名な教育学者)の推薦で、長野県の望月町(佐久市に合併される以前は町だった)に最初の社会教育主事として就職、のち場外馬券売り場設置反対運動をきっかけとして1999年(平成11)に望月町町長になった。町民が切実な問題に直面していたという事情があったのだろうが、にしても60歳あまりのよそ者の役場職員が町長になったのだから、希なこと、驚くべきことである。吉川さんは30年余の役場勤めの間にそれほどの人間関係を築き、町民から信頼される存在になっていた。任期4年を勤めた後、次の選挙には敗れた。在地の旧勢力は強いうえに、旧勢力に反対する側にも時に党派的な思惑があり、それが選挙を侵犯してくる。
 吉川さんは町長の時はもちろん、それ以前もそれ以後も、いつも住民とともにその時々の生活の問題を話し合って解決しようとした。上記の場外馬券売り場設置、佐久市との合併、佐久病院改築等々、上からの押し付けに対して異を称えるとき、教条的な方針を持ち込む運動家ではなかった。〈外からの開発に反対して「地域を守る」というだけでは、「ではどうやって生きていくか」という問いには答えられない。抵抗の中で、自分たち自身が地域を作っていく、行きていかれる地域を作っていく、これが必要ではないか。(中略)「抵抗」から「抵抗の中の創造へ」という言葉が私たちのテーマになった。〉と書いておられる。さらにまた、〈お上を糾弾することがあっても、民衆を糾弾してよいのか。このことを主張して、わたしは解放同盟から激しく批判された。〉とも書いておられる。公正な思考とそれを主張する勇気の持ち主、それが吉川さんであった。

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 町長選に敗れてから随分経つが、吉川さんは相変わらず忙しい生活を送っておられるようだ。「私の半生と反省」を読むと、沢山の団体に参加し、歌を歌ったり、三味線を弾いたり、古文書を読んだり、「未来工房もちずき」の理事長や佐久病院の外部委員や「佐久全国臨書展」の実行委員長を務めたり、そして「多津衛民芸館」の2代目館長である。
 吉川さんにとって、多津衛民芸館に関わる活動はそれまでの社会運動の延長線上にあっただろう。多津衛民芸館の初代館長、小林多津衛は戦前にいわゆる白樺派教師の1人で、若いころから民藝品の蒐集も行っていた。それら蒐集品を所蔵展示するために、1995年(平成7)寄付によって建設されたのがこの民芸館である。小林には戦時中の教員生活において国策に抵抗できなかったという苦い反省があり、戦後は平和を説いてやまなかった。この平和を希求する思想を民藝の思想に組み込んだ(その逆かもしれないが)ところに小林の考え方の特色がある、ような気がする。-----浅学なので断言はできないけれど。だから、機関誌の名前は『平和と手仕事』なのである。
 前後するが、そもそも望月町が社会教育主事を置くことになったのは、青年団等の強い要望によるもので、それ以前に小林多津衛の公民館館長就任という伏線があった。小林公民館長の誕生で青年団や婦人会等の活動はますます盛んになり、やがて社会教育主事設置請願の話になったという。小林公民館長といい吉川社会教育主事といい、実際に活動している人たちの推薦に行政側が応ずるという時代があったのだ。
 小林や吉川さん、そして多津衛民芸館の民藝へのかかわり方は独特である。やはり『民藝』誌5月号の編輯後記に編集長の高木氏が書いている。〈民藝運動は誰かに価値を決めてもらったものを集めて回ることではなくて、自身の目の前に現れたものとしっかり向き合い、感じていくことの積み重ねで成立してきたものだ〉と。「誰かに価値を決めてもらったものを集めて回ること」しかしてこなかったわたしに何かを言う資格はないが、吉川さんのような方がおられることを紹介したいのであった。
 『平和と手仕事』を読みたい方は多津衛民芸館に問い合わせて下さい。
(藤田)
posted by 東京民藝協会 at 11:33| Comment(0) | その他