2018年06月05日

手元の郷土玩具(19) 大竹和紙の鯉のぼり

 東京協会の例会で4回にわたり郷土玩具の話をされた、日本郷土玩具の会会長の中村浩訳さんからお電話をいただいた。久しぶりに濃厚な郷土玩具ばなしができて、とても楽しい時間を過ごした。
 中村さんの用件は、広島県下の郷土玩具の近況について、というものだったが、そうそう出歩いているわけでもないので、十分なお答えができなかった。
 そういえばと思い出したのが、5月23日付けの地元紙・中国新聞にあった、広島県大竹市で54年間、和紙に手描きで彩色した鯉のぼりを作ってこられた大石雅子さんが引退し、あらたな作り手に製作道具一式を引き継いだ、という記事だった。大竹和紙の鯉のぼりは手元になかったので、この機会に大竹まで出かけてみた。

 大竹市は広島県の西端で、隣りは名勝・錦帯橋と米軍基地で有名な山口県岩国市である。JR大竹駅から徒歩5分ほどの商店街の一角に、大竹和紙を使ったさまざまな製品を扱う「大竹和紙工房」という小さなお店がある。
 大竹の和紙づくりは安土桃山時代から江戸初期にかけて始まり、大正時代半ばには1,000軒もの製紙家があった。市内を流れる小瀬川の水と、上流部の山間地で生産された楮が和紙づくりに適していたのだという。しかし、洋紙の普及と沿岸部の工業化で和紙づくりは急速にすたれ、今はわずかに保存会がその伝統を継承している。


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和紙工房内の大きな鯉のぼり

 大竹の和紙を使った鯉のぼりは、その模様などを全て手描きで描く。大きいものは5メートルにも及び、風に煽られるとばさっ、ばさっと豪快な音をたてて空を泳ぐという。
 端午の節句に庭先で大きな和紙の鯉のぼりを揚げる家は、今では山間部にごく僅かしかないというが、2メートル以下のものは家の中に飾るにも適当な大きさで、今も買い求める人がある。
 今回入手したのは最少の90センチのものだが、手描きのうろこの勢いなどは、大きいものと同じ迫力がある。

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90センチの鯉のぼり

 11年前の平成19年、広島で日本民藝協会全国大会が開催された際、会場内の大きなテーブルの上で、大石さんによる鯉のぼりの絵付け実演があった。数メートルもある大きな鯉のぼりの、白い和紙の地の上に、大石さんは赤や黄色の絵具でうろこやひれなどの模様を、あっという間に描いていく。
 何もないところにためらいなく筆を運ばせて、数十分後には立派な鯉のぼりになったのを、初めて見た私はもちろん、全国から集まった会員から驚きの声が挙がったことを思い出す。

 広島市から大竹市に嫁いだ大石さんは、和紙の鯉のぼりを作っていた広島県和紙商工協同組合の理事長が亡くなった後、試行錯誤を重ねながら鯉のぼり作りを続けてきた。85歳になられた今年、大石さんの下で鯉のぼり作りを習った、墨画イラストレーターの杉本海さんに後を託すことに決めた。
 大竹から戻った午後、気持ちいい天気の下で、庭の木の枝に鯉のぼりを吊るしてみた。思った以上に軽々と、赤い鯉は早速泳ぎ始めた。
 旧暦の5月5日は、今年は6月18日になる。月遅れの6月5日や旧暦で端午の節句を祝う地方もあるという。だから、和紙の鯉のぼりはまだ堂々と、初夏の空を泳いでもいい。


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風に泳ぐ鯉のぼり
(千葉孝嗣)


posted by 東京民藝協会 at 18:59| Comment(1) | その他
この記事へのコメント
緑に赤の鯉のぼりはきれいですね。
Posted by 藤田 at 2018年06月09日 18:37
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