2021年05月07日

モノに込められた人の「想い」 〜さる方ご愛用の桑の棗より〜

 前置きからお話すると、私は禅者の端くれ。これは所属先(禅道場)で見出した棗(茶道で使う道具)に関するお話である。さぁ、始まり、始まり。
 「『こころ』はだれにも見えないけれど『こころづかい」はみえる 『思い』は見えないけれど『思いやり』はだれにも見える」この言葉は擇木道場(所属支部の禅道場)から日暮里駅に向かう道すがら、天王寺の門前の掲示板のものである。昨年2020年の年の瀬押し迫る頃だったろうか。そのときは何故かさる方愛用の桑の棗が連想され、はっとさせられた。

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 その棗を扱う機会を得られたのは昨年2020年10月に行われた本部道場(市川にある禅道場)での茶禅一味の会である。何をするのかと言えば、茶を飲み、座禅をする会である。私は表千家の端くれで修行する身であるため、亭主として参加者をもてなす側にいた。その棗というのが、所属先の在家禅を始めて起こした方が愛用していた桑の棗である。存命の頃はこの桑の棗を毎日絹で磨いていたという。お蔭で現在も光沢が出ている。色は雀色といったら良いのか、明るいこげ茶色。普通桑のものはここまでの光沢は出ない。ちょうど茶室には桑の盆があり、双方を並べてみればその差は歴然と現われた。桑の盆は単に木地に木目が出ているだけなのに対し、桑の棗ほどの色合い・光沢はないのである。

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 モノは何も語らないが、どう過ごしてきたのかはその存在で示してくれる。雀色に輝くこの桑の棗はそれこそ毎日磨いていなければ、桑の盆と同じありきたりな存在であったろう。棗のつるつるとした肌触りを愛でながら思いを馳せる。その人は何を想って磨いていたのだろう?と。ただただ毎日の習慣としてそれこそ無心に磨いていたのだろうか?それともつやつやと肌触りがよくなり、なおかつ雀色に輝く桑の棗の姿が頭の片隅にあって、そこはかとない競争心の下磨いていたのだろうか?どちらの答えもありそうだが、かといってどちらでもない気がする。自身の境地が変わればまた導かれる答えも変わる筈。真っ最中の人生の中で「これかな?」と思う答えを探していくしかない。会ったことのない故人に口はなく、その人が著した本や周囲の人が記した文集等から推測するしかない。その答えが何であろうと、大事に扱われ、人の人生に長く寄り添ったあの存在感は消えることがないのである。いわば、モノと人が共白髪に過ごした重みなのだ。
 「僧に非ず 俗に非ず 禅者なり」文集 「老大師の思い出 女性の視点から」中央支部 片野慈啓さん寄稿の文章にヒントがあった。以下一部を抜粋する。なお、文章中に出ていた「さる方」「その人」等はここでの「老大師」を指している。
 「…老大師が旅先で何個か同じ物を求めた、という桑の木の棗を、緑水先生(老大師次女)や他の道友(同じ禅の道を志す人を指す)に渡し『何年か後に見せ合って色艶や桑の色がどう違ってきているか比べ合おう』と言われたとの事でした」
 「緑水先生(老大師次女)が貰ったという棗は水屋に置かれ、稽古の度に皆で拭きましたので、奥深い茶色になっていました」
 「『オヤジ(老大師)はテレビを見ている時でも絹の布でいつも棗を拭いているのよ』」
 「棗に限らず茶杓も同じで、値段の安い稽古茶杓でも、よく使いこんでいれば風格が出る」
 「道具をとことん可愛がる、これが老大師流だったと思います」
 「お道具はご自作だったり、木地の木目を楽しむものが多く、漆を塗ったり蒔絵をほどこした茶道具はほとんど見えませんでした。これは他のお流儀の好みと大きく異なる特徴と言えると思います」
 あの棗の色合いと光沢は良く使い込み、可愛がっていた証なのだ。桑の棗であんなにも深い色合い・光沢が出るのであるから、人も磨けば人間味と言ったら良いのか、えもいわれぬ香が立ち昇るのだろう。自身の禅での道号、「翠珠」に思いを馳せる。自分の珠は常に磨き続けなければどんどん曇っていくのであろう、と。常の人もそうである。何のために生まれてきたかということも考えず、ただ受動的享楽的に生きているだけならば、人の短い一生のことだもの、何かを特に成し遂げるということはなく、すぐに命の灯火は尽きてしまうのだ。
 老大師がいつも磨いていた桑の棗を思いつつ、はて自分も自分のことを磨けているのかな?と自問する。職場の忙しさに埋もれてしまうと、仕事でほぼ一日が終わってしまう。人と人のやり取りで心が疲弊したときはそのことばかりが心を占め、大抵寝落ちし、深夜にゴソゴソする。何かものを考える余裕もほとんどなく、日がな一日が過ぎ、休日の半日は寝過ごし、後は残りわずかな時間にやるべきことをうわぁっとやっている。一つ一つのことを疎かにせずこなしていきたいが、万事が万事そううまくいかないものだ。それでも、吹けば消し飛ぶほど細々と坐れば(ほとんど眠気との闘い)、わずかばかり心が澄み、明日への糧になる。猫の額ほど細々とした勉学であったとしても、亀の子の歩みだが着実に何かは得ている。今度はそれを外に還元できるようになれば万々歳だ。果たしてこれで自分をちゃんと磨けているだろうか。とてもすれすれに感じる。だがこの一歩一歩の積み重ねでもいつか何等かの芽は出るだろう。
 今日も細々でも良いから自分を磨こう。翠珠という有難い名をもらったからには。あの桑の棗のように、より奥深い色を持った存在になるためにも。万華鏡のようにふっと浮かんで消えて日々は積み重なっていく。そうして私の在り様はできていく。
 以上、モノの在り様から綴った自身の徒然であった。
鈴木 華子 記ス

posted by 東京民藝協会 at 12:40| Comment(0) | その他
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