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もうひとつ特筆したい企画展は、ヨーロッパ・ギャラリーで10月3日から開催されている「柚木沙弥郎・浮遊する領土」展である。場所はパリ中心部、サンジェルマン・デプレ教会の近くの画廊の多い地区にある。
柚木氏は染色工芸家として知られるが、近年自由な境地を得て、型染だけでなく、リトグラフ、モノタイプ、リノ・カット、謄写版、カーボランダムなど多岐にわたる「版による表現」に取り組んできた。益田裕作によれば、これほど多くの版形式を自在につかいこなし、独自の作品を作り出した作家は、日本では柚木以外にはいないという。ただ、これらの多種な表現は、いかに意欲的な作家といえども、孤独なひとりだけの作業で作り出すことは不可能だ。アトリエMMGとの出会いがなければ生まれてこなかった、と益田は言う。
本展では型による染布が主たる展示であるが、それらをテキスタイル・デザインとしてみるのではなく、コンテンポラリーな造形表現としてみようとする。
私は柚木氏の原点に、芸術家であった祖父や父から受けた資質の外に、同時代的なもの、とくにエコール・ド・パリやロシア・アバンギャルドを想像するのだが、それはそれまでの様式美に対して、より民衆的で平易な表現を感じさせるからである。
柳宗悦の「工藝の道」に教えを受け、染色の芹沢_介に師事し、時代の子として明快で自由な表現を旨とした柚木氏の仕事は、これからも私たちを楽しませ、生きることの意味を問いかけ続けることだろう。(後略)
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