2014年01月30日

手元の郷土玩具(1)「伏見人形の馬乗り狐」

 藤田さんからもうだいぶ長いこと、手元にある郷土玩具をブログに掲載するように言われている。世間様にお見せできるような玩具はほとんど持っていないので躊躇していたが、いつまでも何もしないでいるとブログや「東京民藝協会だより」の編集にご苦労されている藤田さんに、さらに怒られるような気もする。そこで意を決して、手元にある玩具で、気に入っているものや季節に合ったものを少しずつご紹介してみたい。


 今年(平成26年)の初午は2月4日(火)である。初午は、和銅4(711)年に京都伏見稲荷大社のご祭神である宇迦御霊神(稲荷大神)が鎮座された日とされ、現在は新暦2月最初の午に日に、各地の稲荷神社でお祭りをしたり、油揚げや稲荷寿司を奉納する。
 写真の「馬乗り狐」は土人形の元祖・伏見人形で、現在も盛業中の「丹嘉」(大西家)とは別に残っていた老舗の製造元「菱屋」(上田家)作のもの。20年ほど前に、伏見稲荷門前の伏見街道沿いにある古い商店で買い求めた。店番をしていたお婆さんによると、その店も戦前までは土人形を作っていたそうで、店の中には人形製造を賞する古い賞状が掲げてあった。戦前までは他にも伏見人形を製造販売する店が門前に数軒あったと、懐かしそうに話してくれた。

@伏見 菱屋 馬乗り狐.JPG
@伏見 菱屋 馬乗り狐

 飾り馬の上に、お稲荷さんの神使である狐が御幣を持って乗るこの人形は、精緻で都会的な丹嘉のものに比べ、どこかとぼけた、田舎くさい作風である。店番のお婆さんが「お稲荷さんの霊験にあやかって、賭け事好きな人がよくこの人形を買っていく」と話してくれたのが懐かしい。「菱屋」の伏見人形は、今では製作されていない。

<追記>
 上記の原稿を藤田さんにご覧いただいたたら、丹嘉製の「馬乗り狐」の写真はないか、との照会があった。手元には人形も写真もないので、ネットに出ていた丹嘉製の写真を藤田さんにお送りした。
 なお、私の手元にあるような、御幣を持った狐が馬に乗った型は、丹嘉や他の産地でも見たことがない。伏見にはかつて土人形の製造元が沢山あって、型も膨大な数に上った。この人形は菱屋独自のものなのかもしれない。
 「馬乗り狐」でもう一点、江戸から戦前期の今戸人形を克明に復元している吉田義和さんという方が作られた「馬乗り狐」の写真もお送りした。これは、年末にべにやさんからお送りいただいたもの。京都とはまた違った、東京の小粋な面白味がある。

(千葉孝嗣)



A同 丹嘉 馬乗り狐.jpg
A同 丹嘉 馬乗り狐

B吉田義和さん 馬乗り狐.jpg
B吉田義和さん 馬乗り狐
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2011年10月28日

佐藤阡朗さんの作品について

現在、銀座たくみでは「佐藤阡朗 漆展」を開催しております(10月29日まで)。
出展作品のなかから一品、たくみの松井拓二さんに解説してもらいました。


名称は「潤(うるみ)塗内黒手箱」と言います。元々はおしぼりをいれる為に作られた作品だそうです。
一見、蓋の上は平で平面の様に見えますが実はほんの僅かですが縁から中心にかけて持ち上げた様な感じに成ってます。これを、「四方甲盛(しほうこうもり)」と言って主に蓋を作る時に使われる手法だそうです。阡朗さんの作品の入っている桐箱の蓋にも同じ手法が使われています。そして、なぜこの手法が使われるという理由はただ蓋の上面を平にして完成させていざ見てみると中央が凹んで見えてしまうそうなのでこの方法を使うそうです。
また、作品の角はただ角張っているのではなく大きく分けて3段階の面取り方法によって滑らかな仕上がりに成っています。これを「眞・行・草」と言って眞から草へいくに従って段々、面取りが大きい仕上に成っているそうです。この作品の場合は上面の角の仕上げが「眞」側面の角の仕上げが「行」そして下面の角の仕上げが「草」になっているそうです。
そして、この作品の仕上げの塗方にも特徴があります。まず全体を黒漆で仕上げたあと、透明漆とほんの少しの朱漆の粉を混ぜた潤漆を表面に塗って仕上げてあるそうです。
このように色々な手法をくししてこの作品は作られています。職人の技、見る時の物の美しさ、使い易さがあります。なお、作品は銀座たくみで扱っておりますのでどうぞ、ご来店下さいませ。


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名称・潤塗内黒手箱
サイズ・横・21p・縦・17p・高さ・5.5p

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