2020年09月11日

東京民藝協会に入会したきっかけ 3(宮野さとみ)

 私が民藝を知ったきっかけは学生時代に見た図録に載っていたスリップウェアのお皿だったと思います。それからそれらを調べていくにつれて民藝に惹かれていきました。
 その当時は美術系の大学で陶芸の勉強をしていたこと、民藝との出会いもあったことで、卒業後は益子の濱田窯に弟子入りし、その後はイギリス在住のクライヴ・ボウエンさんの自宅工房やリーチ・ポタリーに滞在させてもらい現在は都内で作陶をしています。


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クライヴ・ボウエンさんの工房にて

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セントアイヴス、リーチポタリーにて

 弟子入り先だった濱田窯では1度、栃木の民藝協会の行事に参加させていただく機会があったり、濱田窯の工房に届く雑誌民藝を読ませてもらうのが毎月楽しみでしたので、濱田窯の修行を終えた際には私も民藝協会に入会できればと何となく考えておりました。
 その後、イギリスから帰ってきたすぐ後に東京民藝協会の例会がギャラリー・セントアイヴスで開催された際、例会の内容が来日していたクライヴ・ボウエンさんのワークショップだったためお手伝いをしていたところ、参加された民藝協会の方、店主の井坂さんにお声をかけていただき入会を決めました。
 その時のクライヴさんと民藝協会の方々の楽しそうな交流が印象に残っています。ものを作る側、使う側など関係なく民藝が好きな方々が身近な距離で気軽に交流できる機会がある事にワクワクしました。


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益子濱田窯、濱田庄司記念益子参考館にて

 これからは私も勉強をさせてもらいながら民藝協会の一員として、そしてまずは作り手として自分にできる活動していきたいと思います。
(宮野さとみ)


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2020年07月31日

東京民藝協会に入会したきっかけ

 2016年12月、社会人2年目になった私は、仕事の関係で表参道にたびたび足を運んでいました。息抜きがてら立ち寄る洋服屋さんがあり、そこで気の合う店員さんと最近観た展覧会や映画の話なんかをしていました。

 私が民藝に興味を持ったのは、ある日、その店員さんから「このお店、好きだと思いますよ」と、当時青山にあったべにや民芸店さん(現在は、駒場東大前に移転)を教えてもらったことがきっかけです。

 早速、べにや民芸店さんを訪ねてみると、店内には温もりのある器や日用品がところせましと並べられていて、胸が高鳴りました。さらに、「日本各地のしめ飾り展」が開催されており、しめ縄飾りが壁一面にずらり!

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 衝撃でした。京都の「鳩」型、静岡の「ハサミ」型、宮城の「宝珠」型など、見たことのないかたちばかり。
 しめ縄飾りについて、私は「お正月に飾る、ワラでできた丸いもの」というぼんやりとしたイメージしか持っていなかったので、日本各地でこんなに種類があること、そしてユーモラスで愛おしい佇まいに感激しました。

 私は広告業界で働いており、常に新しさを求められる環境にいます。
 もちろん新しいものだって素晴らしいけれど、過去から今日まで受け継がれて目の前にある民藝の品は、私の目にとても力強く美しく映りました。

 学生時代にウィリアム・モリスが好きだったこともあり、「アーツアンドクラフツ運動」の影響も受けている「民藝運動」に惹かれるのは自然なことでした。志賀直邦氏の『民藝の歴史』を読み、日本民藝館を訪れ、東京民藝協会の存在を知り、すぐに入会しました。

 これからも、過去・現在・未来、そして色んな土地をつないで、新しいものの観かたを教えてくれる民藝のことをもっと知り、人生を美しいものにしていきたいです。

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「今戸土人形展」で購入した吉田義和さん作の招き猫

(野瀬怜奈)

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2020年06月29日

東京民藝協会に入会したきっかけ

昭和29年(1954年)に設立された東京民藝協会には、現在100人ほどの会員が所属しています。
このたび、数人の会員の方に「東京民藝協会に入会したきっかけ」を書いていただきました。入会をお考えの方のご参考になれば幸いです。
まずは、竹村知洋さんです。

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 私が東京民藝協会に入会したのは20歳頃(現在46歳)だったと記憶しています。その理由は、東京民藝協会の学生会員の年会費が「友の会」よりも安かったからです。当時は民藝運動に積極的に関わりたいというような高い志で入会したわけではありませんでした。
 最初に日本民藝館へ足を運んだ理由は、父の書棚にあった『民藝四十年』を読んだからです。初めてみた西館の長屋門の美しさに感激し、何度か続けて足を運んでいるうちに東京民藝協会のことを知り、現在に至っています。

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益子焼徳利と河和田塗猪口

 私と民藝品との出会いは生まれながらのものといえます。私の父は浅草のかっぱ橋道具街にある漆器屋に勤めておりました。また私の伯父は現代の名工として黄授褒章を受賞した伝統工芸士で、福井県鯖江市を産地とする越前漆器(河和田塗)の木地師です。小学生のころは夏休みになると伯父の家へ行っていましたので、伯父が朝早くから轆轤で木を削る音や周囲に漂う木の香りのことをよく覚えています。そのため私は幼いころから漆器に囲 まれた生活をしてきましたが、その美しさに気づいたのは大学時代に柳宗悦の著作を読んでからです。それからたびたび民藝館や工芸品店に足を運ぶようになり、気に入った工芸品を生活の中に取り入れていきました。
 私の仕事は中学・高校の社会科教員なので、授業のなかで民藝品の素晴らしさを伝えています。公民科の「倫理」の授業では、日本の現代思想の分野で柳宗悦を取り扱いますので、 実際に民藝品を見せ、直接触らせながら柳宗悦の民藝理論を教えています。
 その中で気づいたことは、10代の人でも民藝品に興味を抱いてくれる生徒が意外にも多いということです。子供は「物の美」について知らないだけです。大人も含めて日本人は全体的に自分の国の素晴らしさを知らない人が多いような気がしています。これは大変もったいないことだと感じています。
民藝の美を普及しようという民藝運動の意義はここにあると考えています。工芸分野の高齢化や後継者不足の問題は大変深刻ですが、若い人たちに民藝の美を知ってもらい、生活の中に少しでも民藝品を取り入れてもらえることで日本の伝統文化は受け継がれていくはずです。

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壺屋焼抱瓶と猪口

 最初に東京民藝協会に入会したきっかけは単に費用の問題でしたが、今でも継続して入会している東京民藝協会の一員としてこれからも活動を続けていきたいと考えています。
(竹村知洋)

posted by 東京民藝協会 at 19:19| Comment(0) | シリーズ 協会に入会したきっかけ