2019年01月14日

手元の郷土玩具(21) 金沢の福徳

 この年末年始は、東京の実家と合流して、金沢に行ってきた。
金沢には「中島めんや」という郷土玩具の老舗があって、今もさまざまな愛らしい玩具を作っているのだけど、今回はちょっと別のお話をしたい。

 金沢では年末から年始にかけて、砂金袋・福俵・打出小槌などの形をした最中の皮の中に、縁起物の形をした砂糖菓子の金華糖や小さな人形を入れた「福徳」という菓子が売られる。
 この菓子は江戸時代の文化6(1809)年、十二代加賀藩主前田斉広(なりなが)公が金沢城二の丸御殿が新造された折、その祝賀用に創案された菓子である(「諸江屋」HPより)。正月の祝い菓子として売られ、中から何が出てくるのかが楽しみで、金沢の人から愛されてきた。
 明治41年に金沢で生まれて以来、ずっと金沢で教員として暮らされた村尾泰氏の著書『金沢の玩具』(昭和45年、北国出版社刊)によれば、福徳は「フットク」と呼ばれ、村尾氏が幼い頃は、金華糖と練物の人形が中に入っていたという。

 金沢ではかつて、桐のおがくずや小麦のふすまを、生麩糊(しょうぶのり)で固めた練物玩具が作られていた。軽くて丈夫だったため、福徳に入れる人形には最適だったのであろう。ただし、昔の練物玩具の宿命で、福徳の人形も時間が経つと、中を虫が食って、形は残っていても、指でつまもうとするとぴしゃんと潰れてしまったそうである。

 戦後になって、福徳の中の人形は、練物玩具から、富山製の土人形に変わった。
  富山では、福徳人形だけで売られていて、私の手元にも、富山土人形の最後の作者・渡辺信秀さんの福徳人形がある。
いずれも1cmほどのごく小さなもので、宝珠・福良雀・だるま・宝船など、縁起の良い人形が数多く作られていた。


1901富山福徳(先代の作品).jpg
渡辺信秀作 福徳人形

 現在では、落雁菓子で著名な金沢の老舗菓子店「諸江屋」だけが、年末年始に福徳を販売している。
中に入っている土人形は、渡辺信秀さんの晩年に富山市の肝いりで結成された「とやま土人形伝承会」が作る土人形が入っている。
 ※富山土人形を継承した団体にもうひとつ、「土雛窯」があり、こちらでも福徳人形は製作されているようである。

 ・諸江屋のホームページ
 http://moroeya.co.jp/archives/76
 ・富山土人形に関するホームページ
 http://kyoudogangu.xii.jp/tqyama.htm


1901金沢福徳煎餅.jpg
現在の福徳。割れた福徳の中に見えるのは、金華糖の恵比寿様

 駅ビルの「諸江屋」の売店で買い求めた福徳を、家族で分け合い、カラカラと振って中に何が入っているかを想像しつつ、皮を割って中を取り出した。
 金華糖ならそのままお菓子として食べられるし、土人形ならいいお土産になる。
こうした、誰もが楽しめるお正月の縁起菓子に、今も続く金沢の優雅な風情が感じられ、年始から心が温かくなった。
(千葉孝嗣)

posted by 東京民藝協会 at 18:30| Comment(0) | その他

2019年01月08日

次回2019年1月の例会

○東京民藝協会2019年1月例会
日本民藝館「柳宗悦の直観」展見学

日 時 2019年1月26日(土) 11時30分〜12時ころ
場 所 日本民藝館 2階階段室
解 説 月森俊文氏(日本民藝館)
参加費 500円 (会員以外は1000円)
定 員 20人位(会員優先/先着順)
参加申込 下記のメールに1月25日(金)まで
tokyomingeikyokai@gmail.com

月森さんから「キャプションを含め説明は一切しない展覧会です。通常のご説明はできないかもしれません。ご覧いただいた後に少しお話をさせていただきます」というご返事をいただきました。当日は、事前にご覧になってから集合して下さいますようお願いします。
*展示期間:1月11日(金)〜3月24日(日)
posted by 東京民藝協会 at 11:07| Comment(0) | 例会

2018年12月03日

生誕三百年 木喰展 (身延町なかとみ現代工芸美術館)の見学会に参加して その2

 9/16の日曜美術館の放送を観て「ぜひ、行きたい!」と思っていた山梨県身延町なかとみ現代工芸美術館で開催の木喰展。ちょうど同じタイミングで届いた東京民藝協会のお便りに木喰展見学のお誘いのチラシが同封されており、お声掛け下さった大島さんたちとご一緒させていただくことになりました。

 当日、あれほど楽しみにしていたのにもかかわらず、予約していたバスに乗り遅れてしまうという大失態を犯してしまいました。次のバスも予約でいっぱいでキャンセル待ちをしたところで乗れるかどうかは不明。一瞬頭が真っ白になりましたが、ならばと電車で行くことに。バスターミナルから15分後に出発する松本行きのあずさに飛び乗り、甲府まで。その後美濃部線というローカル線に乗り換え、美術館の最寄駅で出会った方たちに相乗りさせていただきました。

 そしてようやく展覧会場となるに到着。以前柚木先生の展覧会のお手伝いでお会いしたことがある方以外は「はじめまして」の方ばかり。初めてなのに遅刻して...恥ずかしさで穴があったら入りたい気分でしたが、皆さん、「大変だったわねぇ」と笑いながらも温かく迎え入れて下さいました。道路が渋滞していて皆さんもちょうど着いたところでした。

tmk181203.jpg
期間限定の「木喰おろしそば」

 さてようやく展覧会会場へ。1度目はそれぞれ自由に鑑賞。お昼を挟んで2度目の鑑賞は日曜美術館の放送でも登場されていた身延町教育委員会主査・深沢広太さんが案内して下さいました。今回案内いただけたのは、訪問にあたり、幹事の大島さんが「美術館の方から2・3つお話が聞けたらありがたい」とお願いして下さっていたお蔭です。深沢さんは考古学がご専門で、普段は別の場所で勤務されているとのことでした。とても気さくな方で、自己紹介も「日本民藝館の館長さんと同じ苗字なんですよー」とお互いの共通点を見つけて距離感を縮めていくような配慮を感じました。

 コンパスを使用して描いたという阿弥陀如来図の光背(目を近づけて見てみると小さな穴が確認できました)お堂に集まっていた人たちがお酒に酔っ払った勢いで髪の毛を塗ってしまった木喰像、柳宗悦先生が木喰の子孫である伊藤家に宛てた手紙など一度目はサラーっと見てしまった作品が、深澤さんの解説によって深く理解出来るようになりました。その中で一番心に残ったのは、すり減って顔がなくなっていた木喰像。冬にこどもたちがソリ替わりにして遊んだようで、周囲の大人もそのことに対して誰も咎めなかったこと。仏像というと、うやうやしく祀られているイメージがありましたが、木喰像に限ってはおそらくとても身近な存在だったのではないかと。子どもたちが楽しそうに遊んでいる光景を木喰さんがニコニコしながら見守っているようなそんなシーンが頭の中に浮かびました。

 会場内を歩きながらふと思ったのが、木喰さんは61歳から仏像を彫り始めたとのことですが、それ以前は何も彫る機会がなかったのでしょうか。61歳でいきなり仏像を彫れるなんてすごいなぁと。機会があったらお尋ねしたいです。
近藤惠美
posted by 東京民藝協会 at 19:09| Comment(0) | レポート

2018年12月01日

次回の例会

○東京民藝協会2018年12月例会
日本民藝館展 見学

日 時 2018年12月15日(土) 11時〜
場 所 日本民藝館 入口あたりに集合
参加費 500円(会員以外は1000円、入館料は別途)
定 員 25人位(会員優先/先着順)
参加申込 下記のメールに12月14日(金)まで
tokyomingeikyokai@gmail.com

例年のように日本民藝館展が12月9日(日)から23(日・祝日)まで開催されます。
西館の公開日と重なるので、お茶や昼食はできませんが、ご参加下さい。

posted by 東京民藝協会 at 20:17| Comment(0) | 例会