つい150年ほど前まで、東京は江戸とよばれていた。震災や空襲で多くの建築物は失われたが、その伝統は手から手へと受け継がれてきた。そのひとつが「江戸切子」だ。
切子とは、回転する砥石にガラスをあてて溝をつくり、紋様を描く工藝のことである。天保5年(1834年)、大伝馬町の加賀屋久兵衛が、ガラスの器に文様を刻んだことが最初の記録である。長崎や大阪に伝わった西洋のカットグラスの技法を参考に「江戸切子」は始まった。
明治になり、鹿鳴館時代にはイギリスから本場のカットグラス職人が招かれて精緻な技術を「江戸切子」の職人に教えた。また維新後に衰退した「薩摩切子」の職人たちが東京に移り住み、華やかな「色きせガラス」の技法を伝えて、さらに彩り豊かに花開いていった。
さて「江戸切子」の魅力とはなんだろう? 伝統工芸士で三代秀石を名のる堀口徹さんの工房を訪ねた。
「まずはこの美しいきらめき、そして色、陰影、さらに模様が反射して無限に拡がる映り込み。切子ならではの魅力です。」と教えてくれた。
そしてふいに切子のグラスを手渡してくれた。私は思わず両手で包むように受けた。
「ね、こういうふうに皆さん必ず両手で丁寧に受け取ってくれるんです。人の所作すらも変える力がこの工藝にはあるんです。」
では西洋のカットグラスとどう違うのだろう?
「技法の上ではそれほど変わりません。しかし日本の場合は、文様に吉祥の意味が込められてきたんです。」
「江戸切子」はお祝いや贈答品にされることが多いハレの器である。だから贈る人の願いが託される。
魔除けになる「籠目文」。
成長を願う「麻の葉文」。
子孫繁栄の「魚子(ななこ)文」。
そして喜び久しいことを祈る「菊花文」。
文様に願いと祈りをこめる行為は、例えば漆器や着物など多くの日本の工藝に見られる共通の特徴である。
たんなる美しさだけでも、デザインだけでもない。人の所作を無意識にいざない、大切な人の幸福を願う日本の工藝の伝統が、「江戸切子」にも確かに受け継がれている。
(服飾ブランド matohuデザイナー 堀畑裕之)
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